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テンク大統領、ひやひや再選

907年1月17日付〈中央通信〉

 昨年12月27日に投開票が行われた大統領選挙上院投票の結果、テンク・モスアゲート大統領が上院議員45名中27人の支持を集めて再選を果たした。904年末の段階で独自候補の擁立を諦める方針を発表していた革新党が905年の燃料危機を契機に急遽擁立したシジト・カーネリアン技術委員長は18票を確保するにとどまり、894年、888年のラリシ・アゲート軍部委員長(当時)に比べれば(非人民党・連合党候補としては)善戦したものの敗れた。一般投票では42%の得票を獲得し34%のテンク大統領を上回っていたシジト技術委員長であるが、人連両党が牛耳る上院をひっくり返すことはかなわず、「世論」に期待される革新党政権の誕生はまたもお預けの形となった。
 テンクは再選こそ果たしたものの周囲の情勢は有利とは言い難い。906年末に任期の切れる9委員長のうちリネル・デマントイド軍部委員長、ヤロク・ヘリオトロープ生産搬送配給委員長、レトネ・ブラッドストーン住環境委員長、シンナ・アメシスト外交委員長が再任せず退任したが、この後任の任命に対してテンクはほとんど指導力を発揮することができなかった。軍部委員会では上院議員が1人を除いて同時に引退したため唯一の候補であったクァラト・カーネリアン上院議員(革新党系)が新たな軍部委員長に就任、生産搬送配給、住環境の両委員会でも退任する現職者が指名した後継者をそのまま任命せざるを得なかった。900年以降の第2次テンク政権下で唯一の連合党系で、テンク政権の外交政策のかじ取りを担ってきたシンナ・アメシスト外交委員長の引退も痛く、後任に就任したタイク・コーサイト上院議員は連合党系の中では「トレア派」と呼ばれるFUN勤務経験を持つ委員であることから比較的革新党に近い。
 革新党は905年燃料危機を契機にテンク大統領とはほぼ手切れになっていることから、910年の共和国議会選挙をにらんで「大統領ではなく、委員長」を行政府における交渉相手とみなして動き始めている。革新党内からは764年の開国後、764年から785年まで大統領を務めたもののほとんど直接的な指導力を発揮することなく任期を終えたレクハ・アメトリン元大統領を引き合いに出し、「テンク大統領はハンコだけ押していればいい」という声まで聞こえ始めている。一方のテンク大統領の側も簡単にお飾り化するつもりはない模様であり、革新党側とテンク大統領(及びそれを支える人民党・連合党)の綱引きが始まっている。

委員長氏名備考
中央処理委員長カケナ・クリソプレーズ人民党系、2期
内務公安委員長セレハ・シトリン人民党系、2期
軍部委員長クァラト・カーネリアン革新党系、新任
動力委員長エルナンド・ロサス・ペルニーア無派閥、2期
生産搬送配給委員長ケレス・モリオン革新党系、新任
住環境委員長ハルシ・サードオニクス人民党系、新任
研究設計委員長コーア・トリディマイト人民党系、4期
技術委員長シジト・カーネリアン革新党系、2期
外交委員長タイク・コーサイト連合党系、新任
第3次テンク政権(907年~912年)閣僚名簿

【社説】タイク=革新党外交の展望

 タイク・コーサイト新外交委員長はトレア・カーネリアン元外交委員長の系譜を継ぐ、連合党の中でもFUNに対する理解が深い委員であり、FUNのことをほぼ無視し第6回通常会期の流会すら重要なことであるとみなさなかったシンナ・アメシスト前外交委員長と立場は一変している。本社説では、タイク新外交委員長の外交政策を特にシンナ前外交委員長と比較する立場から分析する。
 シンナ前外交委員長の信奉する伝統的な連合党の外交政策である「WTCOやSLCNの同盟国重視」(もはやこれは瓦楼重視と言っていることは変わらなくなってしまったが)はFUN主義を掲げる革新党としばしば衝突を起こしており、住環境委員会出身でほとんど外交にかかわりのなかったテンク大統領を無視して暴走する傾向もあった。これに対してタイク新外交委員長は(連合党員らしく)同盟国との関係を重視する一方でFUNの活動活発化を行うことは可能であると主張しており、「WTCOとFUNが二者択一であるかのように見なす考え方は瓦天対立がFUNの主要な命題であるという誤謬から生じた」と述べる。ヘルトジブリール社会主義共和国が国民の大多数の宇宙への移住を実行し、貿易相手国もヘルトジブリール一辺倒からガトーヴィチ・サンシャ・ロシジュアなどへと多角化が進んでいる中において「瓦天対立はもはやフリューゲルの根本を揺るがすような重大な問題ではない」というのがタイク新外交委員長の立場である。
 実際、革新党は既にFUN総会第7回通常会期に共和国が提出すべきとする複数の議案―安保理改革、途上国支援へのフリューゲル中央銀行の活用、都市型演習場禁止条約の早期発効への呼びかけ―を公表しているが、タイク新外交委員長もこれらの議案の提出に前向きとされている。FUNが共和国の外交の主軸であった時代はシンナ前外交委員長によって一時中断されていたが、またこれがタイク=革新党の連携により再開される可能性は高いとみていいだろう。
 いわゆる「三大国」(カルセドニー、レゴリス、ヘルトジブリール)の1つで大きな情勢変化がある中でFUNについても発足後これまでの60余年と変わらない在り方は許されず、変革が求められていく中で就任したタイク新外交委員長に求められていることはシンナ前外交委員長の時代とは大きく異なっている。WTCOとFUNのバランスのみならず、その裏側にある各国のバランスもまた、タイク新外交委員長に見極めることが求められているところであろう。

【経済】商業取引相手国多角化についてテンク大統領「少なくとも悪いことではない」
【国際】連邦国家のFUN加盟の在り方について国際法学者の間で議論も明確な結論は出ず。
【社会】903年に予定もブラッドストーン市のストライキで延期されていた革命200周年記念式典、3年遅れで開催。

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