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【形式主義的よもやま話】3.瓦国代表の手記(前)

 イェゴール16年7月1日付で、ソサエティ局に異動することになった。

 イェゴール9年、外政省に親のコネで入った私は、旧不義理諸国局への配属を言い渡された。旧不義理諸国局は、813年戦争の敵国、すなわちレゴリス、ヘルトジブリール、普蘭、昭栄、ロムレーとの間にある諸問題を処理するため、戦時中に設置された。当時813年戦争は「義理戦争」と呼ばれていたから、敵国は「不義理」である、という理屈だろう。しかし、866年のディースブルク条約失効以後、上記5ヶ国との外交は「FENA局」や「SSPact局」が担っている。旧不義理諸国局が担う仕事といえば、戦時の外交文書の管理業務ぐらいだ。

 もともとガトーヴィチ史は嫌いでは無い。戦時の外交文書をうっとり眺めているだけで給料が貰えるというのも素晴らしい。あくまで紙媒体にこだわるガトーヴィチ外政省、万歳! それに、歴史を顧みない国家に未来はないという、旧世界から伝えられた格言もある。華々しく繰り広げられる外交には指一本触れられないが、自分の作業が役に立つ日がきっと来るだろう。私は自己充足的な作業に、意義を後付けする一日を繰り返すと、7年が経った。

 そうして届いた初めての辞令で、私はソサエティ局に異動することになった。旧不義理諸国との外交文書が古本なら、ソサエティの外交文書はもはや古文書だ。どうやら私は古い外交文書を管理する程度の能力者と思われているらしい。私は、とっさに「私は外政省職員よりも博物館の文芸員の方が向いているのかもしれませんね」と言い返し、すぐに後悔した。もともと親のコネで入った私なのだから、失言すると余計にいづらくなるだけだ。すると上司はこう言った。「いいや、プズィーリェフ君。ソサエティ局は、君が思うよりもーー旧不義理諸国局よりもーーずっとずっと、ドラマチックな場所なんだよ。」

 ドラマチック? いつ出来たかも、いつ不可視になったかも分からないソサエティ局に、ドラマチックな仕事はないだろう。

 「来週は第140回ソサエティ事務級会議もあるし。場所はイヴァングラート市ザームカヴイ通り30番。あ、この資料読んどいてね。」

 反論もできぬまま、厖大な資料が渡された。それはどれも古文書らしい風格を帯びつつある代物だった。私はすぐに、資料の修復作業に取り掛かった。

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