
レウキシンが訪れてから二週間後、再び通商院庁舎の応接室にて、カタリーナは彼と向かい合っていた。
レウキシンは嫌味な笑みを浮かべ、余裕を装っているようだった。
「あれから二週間、検討されるには十分な時間だったでしょう。お答えをいただけますか?返答次第では-」
その時、突然ドアが開き、外務院に勤務するアントニオ・ルイスと、
駐花ヴェールヌイ大使館一等書記官のアレクサンドル・コルバソフが真剣な面持ちで入室してきた。
「失礼、少しお邪魔しますよ」
アントニオが落ち着いた口調で言い、レウキシンは明らかに動揺の色を見せる。
コルバソフは、そもそも「カルセドニーの友好国が食料輸入を希望している」という重要な情報をアントニオに教えた本人であり、ロサとカタリーナがカルセドニーとの交渉に至ったきっかけを作った人物である。
「レウキシン同志、『鉄鋼輸入停止』を本国で検討されているのは財政的な事情に伴う再調整に過ぎません。フローリドがリブルへ食料輸出を計画している件とは関係がない事は、貴方もご存知のはずだ。」
コルバソフが静かな口調で述べると、レウキシンの表情がわずかに強張った。
「さらに、『フローリド国債償還』や『燃料輸入制限』などは検討すらされていない。」
きっぱりと言い切るコルバゾフに対し、レウシキンは強張った表情のまま反論する。
「私は鉱業燃料の対花担当者として、所管省の意向を伝達しているにすぎないのです。大使館の書記官風情が、なにを根拠にそのような事を仰っているのかわかりませんが、この話に介入する権限が外務省におありですか?」
「レウシキン同志、貴方が鉱業燃料の社員であるならば、その職務に忠実でなければなりません。国債や他国間交易は管轄外であるはずです。必要であれば、いまここで貴方の”所管省”に照会しても良いのですよ。」
コルバソフの淡々とした追及に、レウキシンは完全に言葉を失った。同じヴェールヌイ社会主義共和国の政府関係者が現れることなど想定外だったのだ。
カタリーナは静かに深呼吸し、毅然とした表情で口を開いた。
「わが共和国通商院としては、予定通りリブル民主共和国への食料輸出計画を進めていきます。あなたの脅しによって方針を変更することは決してありません。これが私どもの情熱主義です。」
その力強い宣言に、レウキシンは苛立った表情で立ち上がった。
「……後悔することになりますよ。」
小さく言い残し、レウシキンは足早に応接室を後にした。
***
–1週間前、外務院庁舎–
カタリーナはアントニオとコルバソフ一等書記官に面会するため、外務院庁舎を訪れていた。
この会談は、ヴェールヌイ担当官僚であり、信頼のおけるアントニオの仲介により実現した。
「実は先日、『ヴェールヌイ鉱業燃料』のレウキシン氏が通商院に突然現れて、リブル民主共和国への食料輸出計画を止めるよう脅迫してきました。鉄鋼輸入停止、国債償還、燃料輸入制限などの措置を取る、とも……」
カタリーナの話を静かに聞いていたコルバソフが重々しく頷いた。
「アントニオ氏には既にお伝えしていますが、我が共和国には、未だにSLCN脅威論に固執する勢力がいるのです。もちろん、私共の外務省や、交易を司る工商計画省は、このようなSLCN-WTCO敵視政策に与しない考えが大半なのですが…。」
コルバソフは続けた。
「そのレウキシンという者は、まず間違いなく保衛省の要員でしょうが、おそらくは独断専行の不届き者です。共和国政府の正式な意思ではありません。そのような者の為にフローリドの国益が損なわれるなど許されないことです。」
その言葉にカタリーナは深く安堵したのだった。
***
そして再び現在、通商院の応接室。
レウキシンが去った後、カタリーナは二人に向き直った。
「お二人とも、本当に助かりました。ありがとうございます。」
アントニオは微笑み、静かに答えた。
「このような状況を解決するために我々がいるのですから、遠慮はいりませんよ。」
コルバソフは神妙な面持ちで、カタリーナに深く頭を下げた
「本件については然るべき報告をさせていただきます。ご迷惑をおかけし、大変申し訳有りませんでした。」
カタリーナは通商院の窓から差し込む柔らかな光の中で、二人への感謝とともに新たな決意を固めたのだった。
ヴィレンシアの交渉人 第六部(最終話):交渉人たちの栄光
ラ・フローリド共和国におけるリブル民主共和国向け食料30億トンの確保という困難な課題は、
ロサ・モレノによるアムリオアルド農業開発公社所長ベアトリス・ペレスとの粘り強い交渉によって無事に解決を見た。
一方、カタリーナ・ドミンゲスの元を訪れ、圧力をかけてきたヴェールヌイ社会主義共和国の「ヴェールヌイ鉱業燃料」担当者レウシキンの妨害工作は、
外務院のアントニオ・ルイスと駐花ヴェールヌイ大使館一等書記官アレクサンドル・コルバソフの迅速かつ巧みな介入によって阻止された。
その後、再びロサとカタリーナはカルセドニー社会主義共和国の首都クリソプレーズを訪問した。
外交委員会サラン・ユーファストーン委員の仲介のもと、ついにリブル民主共和国との間で年間30億トンの食料定期輸出契約が正式に締結された。
この契約はロサ個人のキャリアにおける最大の成果となっただけでなく、「ヴィレンシア・アリメンティシオ社」にとっても大きな飛躍を遂げる契機となった。
成功はさらに続いた。リブルとの契約締結後、カルセドニー社会主義共和国とも年間20億トンの食料輸出契約を結ぶことができたのである。
一連の大型契約はラ・フローリド共和国の国際的地位向上にも寄与し、食料輸出国としての名声を確立した。
その後、
ロサ・モレノはその実績を買われ「ヴィレンシア・アリメンティシオ社」の取締役に昇進し、
カタリーナ・ドミンゲスも1180年に成立したフローリド純粋社会主義労働者党政権下で通商院長に就任した。
ヴィレンシアの地で活躍したロサ、カタリーナ、アントニオら交渉人たちは、
それぞれが持つ卓越した交渉力と情熱主義で難局を乗り越え、共和国の未来を切り拓いたのだった。
まさしく彼女らこそが「ヴィレンシアの交渉人」と呼ぶにふさわしい存在である。
-完-
第一部⇒ヴィレンシアの交渉人 第一部:転機訪れる – 新貿易版箱庭諸国
第二部⇒ヴィレンシアの交渉人 第二部:ある国の正体は – 新貿易版箱庭諸国
第三部⇒ヴィレンシアの交渉人 第三部:ビッグディールの先には – 新貿易版箱庭諸国
第四部⇒ヴィレンシアの交渉人 第四部:圧力と決断