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ヴィレンシアの交渉人 第三部:ビッグディールの先には

——————————–『ヴィレンシアの交渉人』あらすじ(第一部〜第二部)————————————

ラ・フローリド共和国の食料商社「ヴィレンシア・アリメンティシオ社」で国際第二渉外部の部長を務めるロサ・モレノは、担当する社会主義諸国との契約が難航し、焦りを感じていた。そんな中、大学時代の友人から、カルセドニー社会主義共和国の「ある友好国」が大量の食料輸入を検討しているとの情報を得る。
ロサは通商院のカルセドニー担当官カタリーナ・ドミンゲスと共に、カルセドニー首都クリソプレーズを訪問。そこで外交委員のサランを介し、輸入を希望する国が危険な軍事国家と評判の高い「リブル民主共和国」であることを知らされる。予想外の相手国に戸惑いつつも、工業化を推進中のリブルが食料輸入を強く望んでいると知り、ロサは社運を賭けた大きな交渉に臨む決意を固めるのだった。
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翌日、ガラス張りの外交委員会庁舎に再び足を踏み入れたロサとカタリーナ
昨日も訪れた会議室のような小さな部屋。テーブルの向こうには、外交委員のサラン・ユーファストーン、そしてリブル民主共和国の外交官たちが座っていた。

「昨日の件について、詳細な話を進めましょう。」
サランが穏やかに言った。
ロサとカタリーナは慎重に椅子に腰を下ろし、カタリーナはすぐに核心に切り込んだ。
「サラン。ひとつ聞いていいかしら?」
「もちろんです。」
「カルセドニーの友好国には『セビーリャ責任国』があるわよね? あそこは世界最大の食料輸出国よ。最大で130億トンの輸出量を誇っている。こんな小国のフローリドに話を持ち掛ける前に、まずセビーリャに交渉するのが普通でしょう?」
「フローリドの皆様なら、すでにご存じかと思っていましたが……」
その言葉に、ロサとカタリーナは視線を交わした。
「この前の地盤沈下の件ね?」
サランは頷いた。
「ええ。先日の大規模地盤沈下で、セビーリャの主要な大規模農場が壊滅的な被害を受けました。今や定期契約の輸出量を維持するのが困難な状況です。つまり、セビーリャはもう輸出量を増やせなくなったのです。」
ロサは驚きつつも、なるほどと納得した。
「それで、リブルが新たな供給先を探しているというわけですね。」
「その通りです。」
状況を理解したロサは、最も重要な点を確認するために質問を続けた。
「では、リブル民主共和国が求めている輸入量はどれくらでしょうか?」
「5億トン? それとも10億トン?」
ロサの予想では、多くても10億トン程度だった。リブルの人口規模を考えれば、それ以上の数字は非現実的に思えた。
しかし、サランとリブルの外交官たちはボキャヒン語で短く相談した後、ロサの予想を越える数字を提示した。
「リブル民主共和国は30億トンを希望しています。」
「——30億!?」
カタリーナは思わず声を上げた。
「ちょっと待って。 そんなに必要なの?」
リブルの外交官の一人が冷静に答えた。
「我が国の工業化に伴い、都市部の人口が急増しており、食料需給が急激にひっ迫している。加えて、軍需目的の備蓄も含めた総量として、30億トンが必要である。」
ロサはその数字を頭の中で反芻した。
——30億トン。
カタリーナは、ため息をつきながら肩をすくめた。
「ここまでの規模となると、単なる貿易案件じゃ済まないわね。国家レベルの交渉になる……」
ロサも同じ思いだった。フローリド政府や通商院の承認が必要になるのは間違いないし、ヴィレンシア・アリメンティシオ社単独で動かせる案件ではない。
ロサは慎重に言葉を選びながら答えた。
「30億トン規模の輸出、簡単に決められる話ではございません。調達計画を立てなければならないし、輸送手段の確保も必要になる。」
サランは冷静に頷いた。
「理解しています。詳細は改めて詰めましょう。」
こうして、正式な契約の前段階となる話し合いは終わり、ロサとカタリーナは外交委員会庁舎を後にした。

***

タクシーに乗り込み、ホテルへ向かう車内。
ロサは窓の外を眺めながら、深く息を吐いた。
「30億トン……」
カタリーナが隣で苦笑いする。
「本当に可能なの?」
「……正直、分からない。でも、やるしかないわね。」
ロサは考えを巡らせていた。
30億トンもの食料を調達するためには、フローリド国内の複数の農業公社を動かす必要がある。
そして、彼女の頭に一つの名前が浮かんだ。
「……でも、ひとつ頼れる可能性がある。」
「彼女なら、きっとなんとかしてくれる。」
こうして、フローリド史上最大の食料輸出契約を実現させるための、新たな戦いが幕を開けた。

第一部⇒ヴィレンシアの交渉人 第一部:転機訪れる – 新貿易版箱庭諸国
第二部⇒ヴィレンシアの交渉人 第二部:ある国の正体は – 新貿易版箱庭諸国

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