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【社会】ガトーヴィチ・ツァーリ國の建國を宣言 他

【社会】ガトーヴィチ・ツァーリ國の建國を宣言

田の中の救世主教会-西イヴァングラート県
君帝家家系図

(マリヤ16年ゲオルギー元年-881年-11月、イヴァングラート通信社電)皇姉インターリ大公女殿下への帝位継承を企むインターリ派はマリヤ宮襲撃事件の翌々日である10月10日、インターリ大公女殿下、アパラート公殿下、アーンゲル公殿下、ブラクノート公殿下、ブラーガ公女殿下、バリニーツァ公女殿下と共に西イヴァングラート県は田の中の救世主教会に入城した。インターリ派は5万人規模の近衛隊を動員し、インターリ派に協力的な帝国民の協力を得ながら、瞬く間に西イヴァングラート県、ヴァルヴァルストヴォ県、中央ガトーヴィチ県を自らの勢力圏となした。

 マリヤ16年-881年-11月1日、田の中の救世主教会において、歴史的出来事が起こった。インターリ派ゴールデンベルク代表は、インターリ大公女殿下を「全ガトーヴィチの皇帝(ツァーリ)」に戴くガトーヴィチ・ツァーリ国の建国を宣言、血の上の救世主協会の府主教を招いて戴冠式を挙行した。又、夫の名を取り新元号を「ゲオルギー」と制定した。

 なぜインターリ派はかくも伸長したのか。そこには、インターリ大公女殿下の人気の高さが存在する。インターリ大公女殿下は、幼少期より才女の兆しを顕わされ、君帝家御用達の君帝院大学を嫌われイヴァングラート帝国大学に進学された。現在も、ガトーヴィチを代表する詩人テジュールヴィチ研究の権威として知られる。更に、帝国民との関係を重要視しており、被災地、地方行事に精力的にお出でになるなど「帝国の大母」としての一面もお持ちである。一方、皇女アカーツィヤ大公女殿下は、

  • 幼少期、雄のカマキリを食べている雌のカマキリの頭を食べる
  • 新年の一般参賀に集う帝国民を見て「人がゴミのようだ」と言う
  • 複数の男性および女性と関係を持つ
  • ご成婚を祝うコンサートにバラライカ片手に飛び入り参加する
  • その他「君帝は男が就くのが当然」「帝国民とはウィンウィンの関係を築きたい」などの問題発言

など、帝室の「変人」として知られている。

 かつてガトーヴィチ国営テレビ・ラジオ放送会社の世論調査で「ヤルルィーク君帝陛下の次に帝位にふさわしいのは?」という問いに、40%がヤーカリ大公殿下(昨年薨去)、36%がインターリ大公女殿下と答えたのに対し、アカーツィヤ大公女殿下と答えたのは僅か10%に留まったことからも、ヤーカリ大公殿下亡き今、帝国のアカーツィヤ大公女殿下 対 帝国民のインターリ大公女殿下という構図が浮き彫りとなっているのである。

【政治】ツァーリ國に對する政界の反應

 (マリヤ16年ゲオルギー元年-881年-11月、城郭新報電)ガトーヴィチ・ツァーリ国の建国宣言に対し、ガトーヴィチ民主帝国ナジェージダ=ニキートヴナ=インビーリェヴァ為政院総理大臣は5日、緊急記者会見を開き、「我が国はヤルルィーク君帝陛下と帝位継承権第一位のアカーツィヤ大公女殿下を戴くガトーヴィチ民主帝国であり、たとえ一派が国家の成立を宣言しようとも、この事実は揺るがない」と述べつつ、「取り巻き達の過激な行動によりインターリ大公女殿下にお怪我が及ばぬよう、冷静な対応を行う」として、現時点でガトーヴィチ・ツァーリ国支配地域の武力制圧を行わない事を明らかにした。

 与党立憲進歩党、帝国発展党、正教保守党が首相と同様の考えを表明する一方で、野党労働党、社会民主党は「国家の分断を招いたのはインビーリェヴァ首相の責任である。インビーリェヴァ為政院はこれ以上ヤルルィーク君帝陛下をはじめとする君帝家の方に危害を及ぼすべきではなく、国民の信頼が篤いインターリ大公女殿下を帝位継承権第一位に据える方針を発表するべきだ」と主張。

 野党ガトーヴィチ共産党は「455年に亘るリーソフ王朝の統治に終止符を打つ好機だ」と主張し、帝位争いに辟易せる国民を煽動し俄かに支持を拡大している。

【国際】國際社會の反應

 (マリヤ17年ゲオルギー2年-882年-5月、イタク通信電)帝国の分断を受け、フリューゲル各国は様々に反応している。レゴリス帝国は在瓦邦人救出のための輸送機を派遣、カルセドニー社会主義共和国は瓦国渡航用件を厳格化、ロムレー湖畔共和国は在瓦邦人に退避を勧告して臨時帰国便を設定、ローレル共和国は瓦国籍人の入国を原則拒否、トルキー社会主義共和国は瓦国への渡航危険レベルを引き上げ、ヘルトジブリール社会主義共和国は瓦国への出国を原則禁止し、入国者基準を一時厳格化、ロシジュア平和連邦は在瓦法人救出機を出動、トラハト=ラシュハ連合王国は民貴両院で「ガトーヴィチにおける大逆事件を避難する決議」を採択、スルガは在瓦邦人の退避便を用意できなかったが、ロシジュア平和連邦がスルガ人を救援機へ受け入れる事を決定した。

【社会】コリツォー縣 ツァーリ國に置かる

882年現在のガトーヴィチ・ツァーリ国の勢力図(南部ヴァルヴァルストヴォ県、帝都イヴァングラート市の西のへりにある西イヴァングラート県、ウラン鉱山を抱える中央ガトーヴィチ県、北東部のコリツォー県)。点線部は北都セヴェロモルスク県。

 (マリヤ17年ゲオルギー2年-882年-5月、イヴァングラート通信社電)ガトーヴィチ民主帝国コリツォー県は20日までに、ガトーヴィチ・ツァーリ国の勢力下に置かれた。また、イヴァングラート市への対抗心が強いセヴェロモルスク県の議会では、ガトーヴィチ・ツァーリ国政府をガトーヴィチの代表政府と信認する決議案が審議に掛けられている。

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