本記事は、フリューゲルの開闢以来の歴史記録を集約することを目的とする記事である。
目次
編集方針
- 本ページは、フリューゲル史のアウトラインを示すことと、個別記事へのリンクをまとめることを目的とする。個々の歴史イベントを詳述することは可能な限り避け、必要であれば個別記事を作成の上で本記事にリンクを貼ること。
- 旧Wikiのページへの直リンクはある程度やむを得ないが、段階的に旧サイトの記事も(可能であれば加筆した上で)新サイトへ移転することが望ましい。
歴史時代区分
以下の歴史時代区分は、カルセドニーPLによって設定されたものなので、別の案があれば随時指摘してください。
時代区分 | 開始時期 | 終了時期 | 継続年数 | 備考 |
太古代 | 1年 | 278年 | 278年 | レゴリス帝国の前身であるレゴリス首長国連邦の建国まで |
古代 | 278年 | 497年 | 220年 | オセアニカ・アースガルド戦争の終結まで |
中世 | 497年 | 586年 | 90年 | ウェールリズセ共和国の建国まで |
リズセ時代 | 586年 | 680年 | 95年 | ウェールリズセ連邦共和国の宇宙移民に伴う解体まで |
スラヴ時代 | 680年 | 763年 | 84年 | カルセドニー社会主義連邦共和国の鎖国解除まで |
プレ国連時代 | 763年 | 850年 | 88年 | フリューゲル国際連合の発足まで |
加烈天協調時代 | 850年 | 983年 | 134年 | セニオリス・クーデターの終結まで |
ルッコラ時代 | 983年 | 1120年 | 138年 | トータエ社会主義人民共和国の建国まで |
雪解け時代 | 1120年 |
太古代
時代の概要
レゴリス帝国建国に先立つこの時代は、もはや現代まで継続している国家がノイエクルス連邦両国以外に存在せず、歴史記録を詳細に記述することが極めて困難であると考えられる時代である。この時代におけるもっとも重要な国家は管理人国家でもあるノイエクルス自由国であったと考えられる。
年表
年月 | 出来事 |
1年1月 | 新貿易版箱庭諸国運用開始。 |
73年11月 | シュトゥルム公国、ノイエクルス自由国に宣戦布告。73年戦争が勃発。 |
105年4月 | シュトゥルム公国がノイエクルス自由国に無条件降伏、73年戦争が終結。 |
174年4月 | ノイエクルス自由国が南瓜共和国連邦に対して宣戦布告。 |
266年3月 | ノイエクルス連邦が成立。 |
古代
時代の概要
レゴリス帝国の前身であるレゴリス首長国連邦の建国から、オセアニカ・アースガルド戦争(491年戦争)の終結までのこの時代は、レゴリス帝国の成長と発展の歴史に重なると考えられる。レゴリス史(旧Wiki)にこの時代のレゴリス帝国から見た年表が概ね掲載されているが、他に詳しい資料は確認できていない。
この時代前半におけるもっとも重要な国家は太古代に続いてノイエクルス自由国であったと推定されるが、347年10月上旬に普欧帝国が建国されており、古代後半は「パクス・フオー」という言葉があったほどには同国の存在感が大きかった時代であると考えられている。普欧帝国自身もオセアニカ・アースガルド戦争に前後して放棄されている。
年表
年月 | 出来事 |
278年5月 | レゴリス帝国・ノルスモール連邦の前身国家、レゴリス首長国連邦建国。 |
305年10月 | 天鶴帝国がノルスモール連邦の内乱に対して介入し、ノルスモール連邦に対して宣戦布告。 |
307年8月 | ノルスモール連邦が解体され、レゴリス帝國成立。 |
309年12月 | 天鶴帝国、マグザム共和国に宣戦布告。(マグザム戦争) |
310年6月 | マグザム共和国無条件降伏。マグザム戦争終結。 |
347年10月 | 普欧帝国建国。 |
348年4月 | フリューゲル経済諸国同盟(FENA)発足。 |
402年 | プロシャ帝国内での政治的混乱が各国から指摘される。(プロシャ事件) |
425年11月 | プロシャ帝国(管理人裁定により?)滅亡。 |
427年1月 | ガトーヴィチ帝国建国。 |
478年2月 | 龍鮮において発生した龍鮮・香麗民主連邦間の内戦に対して中夏人民共和国・大石動帝国が介入。龍鮮戦争勃発。 |
478年12月 | 龍鮮側の勝利で龍鮮戦争終結。 |
490年11月 | ノイエクルス連邦に対してアースガルド条約機構諸国が宣戦布告。オセアニカ・アースガルド戦争勃発。 |
491年8月 | 普欧帝国が他星系移住計画によりフリューゲルから消滅。 |
497年6月 | カレストノープル講和条約締結。オセアニカ・アースガルド戦争終結。 |
勢力図








中世
時代の概要
491年戦争の終結から、ウェールリズセ共和国の建国までの間の時期に当たる。この時代の主要国はレゴリス帝国、ミッドガルド帝國、ティユリア連合王国、成蘭連邦王国などであったと考えられる。
年表
年月 | 出来事 |
511年10月 | クラーシェ誓約者同盟がオストマルク帝国に宣戦布告。(クラーシェ戦争) |
512年8月 | クラーシェ誓約者同盟が降伏。クラーシェ戦争終結。 |
522年12月 | 神聖なる協働的國家聯盟規約発効。神聖なる協働的國家聯盟(SLCN)発足。 |
537年6月 | 五国協商が日ノ本帝国に宣戦布告。(第一次日ノ本戦争) |
538年12月 | 五国協商と日ノ本帝国から分離独立を宣言した東日ノ本共和国の間で講和が成立。第一次日ノ本戦争終結。 |
546年11月 | 東日ノ本共和国の後継政権である統一日ノ本共和国、五国協商との講和を破棄。 |
549年10月 | 五国協商・レゴリス帝国が統一日ノ本共和国に対して宣戦布告。(第二次日ノ本戦争) |
551年8月 | ローシスク講和条約発効。五国協商・レゴリス帝国の戦勝により第二次日ノ本戦争終結。 |
564年7月 | ヴェールヌイ社会主義共和国が建国される。 |
565年4月 | 第1回国際スポーツ大会仁河大会開会。 |
勢力図







リズセ時代
時代の概要
ウェールリズセ連邦共和国は、その建国から消滅までのおよそ1世紀に渡って非常に活発に活動し、複数の戦争を含む数多くの国際的事件に関与した。同国が活動していた6世紀末から7世紀後半にかけてをリズセ時代と呼称することは、現代におけるフリューゲル史研究においても一般的である。
この時代は、ウェールリズセ連邦共和国及びそれを中心とした陣営(新興諸国経済理事会:ENECをはじめとし、同国と軍事同盟関係にあったレゴリス帝国や、ソサエティのメンバーとしてウェールリズセの覇業に対する間接的協力を与えていた諸国)と、それに対抗する立場にあった諸国(アルドラド帝国、エルツ帝国、エーラーン教皇国、石動第三帝国、アルビオン連盟王国など)の間で冷戦状態が生じていた。650年にはヴァノミス連邦に対する宣戦布告をきっかけに両巨大陣営が全面戦争に突入する直前まで至ったヴァノミス危機(旧Wikiへのリンク)が発生したが、この危機は戦争に至る直前に回避された。
カルセドニー島入植地が成立し、カルセドニー島共和国へと発展した時代に相当するが、カルセドニーはこの時代においては一介の新興国に過ぎず、ヴァノミス危機やトロピコ戦争、サン・ピエル危機といった数々の危機に対しては傍観者としての立場を保っていた。
年表
年月 | 出来事 |
586年 | ウェールリズセ共和国建国。 |
590年3月 | 工業の仕様変更に伴う軽工業ショック発生。 |
609年3月 | 第2回国際スポーツ大会山岡大会開会。 |
611年5月 | ロムレー湖畔共和国建国。 |
616年9月 | ティユリア連合王国が他星系移住計画によりフリューゲルから消滅。 |
616年11月 | カルセドニー社会主義共和国の前身であるカルセドニー島入植地が成立。 |
619年1月 | ヘルトジブリール社会主義共和国建国。 |
626年3月 | セビーリャ責任国の前身であるセビーリャ共和国建国。 |
632年1月 | 社会保障の仕様変更に伴うフリューゲル同時社会不安発生。 |
635年11月 | ガトーヴィチ帝国がベルサリエーレ王国に宣戦布告。ガトーヴィチ・ベルサリエーレ戦争勃発。 |
636年10月 | ウェールリズセ共和国がセビーリャ民主共和国に宣戦布告。第一次セビーリャ戦争勃発。 |
637年4月 | 第3回国際スポーツ大会グロリアーナ大会開会。 |
637年8月 | スパラト条約締結。ガトーヴィチ・ベルサリエーレ戦争終結。 |
638年2月 | デルタ・ベルン講和条約締結。第一次セビーリャ戦争終結。 |
641年10月 | 社会主義相互援助条約(サンサルバシオン条約)締結。サンサルバシオン条約機構(SSPact)発足。 |
650年10月 | ウェールリズセ連邦共和国等の有志諸国、トロピコ共和国に対して宣戦布告。(トロピコ戦争) |
650年10月 | ウェールリズセ連邦共和国等の有志諸国、ヴァノミス連邦に対して宣戦布告。(ヴァノミス危機) |
653年8月 | トロピコ共和国、人口が100万人を下回ったため強制敗戦。トロピコ戦争終結。 |
665年10月 | ウェールリズセ連邦共和国等の有志諸国、セビーリャ自由共和国に宣戦布告。(第二次セビーリャ戦争)。 |
668年5月 | セビーリャの降伏及び解体に関する条約締結。第二次セビーリャ戦争終結。 |
670年4月 | エーラーン教皇国滅亡。 |
670年4月 | 第4回国際スポーツ大会ペンドラゴン大会開会。 |
680年 | ウェールリズセ連邦共和国が他星系移住計画によりフリューゲルから消滅。 |
勢力図




スラヴ時代
時代の概要
ウェールリズセ連邦共和国の消滅から、カルセドニー社会主義連邦共和国の成立(と、それに伴う同国の鎖国体制解除)までのこの時期は、主としてガトーヴィチ帝国の率いるスラヴ連合が国際社会において存在感を放っていた時代である。スラヴ連合はノイエクルス連邦の下での特別行政区であったヴォルネスク地域の独立を目指して活動し、720年から721年にかけて戦われたヴォルネスク独立戦争(スラヴ連合側呼称:ヴォルネスク解放戦争、ノイエクルス連邦側呼称:ヴォルネスク分離紛争)によってヴォルネスクの独立を達成した。
年表
年月 | 出来事 |
686年9月 | 国際交易協力機構条約(クリストバライト条約)締結。国際交易協力機構(WTCO)発足。 |
700年10月 | 石動皇帝家がカルセドニー島共和国へ移住し、石動第三帝国滅亡。 |
706年7月 | スラヴ連合発足。 |
720年6月 | ガトーヴィチ帝国、ノイエクルス連邦に宣戦布告。ヴォルネスク独立戦争勃発。 |
720年7月 | ノイエクルス連邦ヴォルネスク特別行政区、ノ連からの独立を宣言 |
721年5月 | ヴォルネスク独立戦争交戦各国、停戦に合意。 |
721年12月 | (旧)セニオリス共和国建国。 |
722年11月 | 資源採掘の仕様変更に伴う資源採掘革命発生。 |
724年2月 | 聖樹(記念碑)の仕様変更に伴う豊作危機発生。 |
744年2月 | ヴォルネスク独立戦争交戦各国、ルンドストレーム講和条約に署名。 |
757年2月 | ルンドストレーム講和条約発効、ヴォルネスク独立戦争終結。 |
勢力図



プレ国連時代
時代の概要
カルセドニー社会主義連邦共和国は、鎖国体制を解除して国際社会に復帰して以降、単なる新興国に過ぎなかった鎖国以前とは異なり、国際社会の主要国の1つとして活動するようになった。この時代は、カルセドニーが主要国としての地位を築いていく時代に重なっている。スラヴ時代においてフリューゲルで最も影響力ある国家であったと言えるガトーヴィチ帝国は同盟国セニオリス共和国のヴェニスグループに対する戦争に引きずり込まれる形で813年戦争に突入し、レゴリス帝国を中心とする有志連合に敗れることによりその地位を低下させた。同国(843年以降はガトーヴィチ民主帝国)は地位回復のためにWTCOへの加盟、冰州鋼鉄レート事件の主導などの活動を続け、レゴリス帝国陣営、ヘルトジブリール社会主義共和国を中心としたSSPact、カルセドニーやガトーヴィチからなるWTCOの3陣営がフリューゲルにおける主要陣営としての地位を獲得していった。
「三大陣営時代」は、最終的にこの三陣営のトップであるレゴリス、ヘルトジブリール、カルセドニー3ヶ国に拒否権を与える形でのフリューゲル国際連合の発足という形で頂点に達することになる。しかし、この直前にレゴリス陣営とWTCOの双方に属していた普蘭合衆国がライン共和国に対して宣戦布告し、カルセドニーを中心とした国際社会の非難を浴びる普蘭ライン危機が発生し、国際社会はヴァノミス危機以来の世界大戦突入の瀬戸際となる。この事件は普蘭合衆国の(リアル事情による)鎖国によって事実上終了したが、危機を経験した国際社会はこの後の時代における国際協調を支持するようになる。
年表
年月 | 出来事 |
763年11月 | カルセドニー連合において憲法制定議会選挙が行われる。翌年カルセドニー社会主義連邦共和国成立。 |
764年6月 | ヴェニス島開発株式会社がヴェニス島を掌握し、ヴェニス株式会社統治領が操業開始 |
770年4月 | ユリウス王国に対して有志諸国が宣戦布告。(ユリウス戦争) |
772年11月 | 普蘭合衆国の前身である普藍共和国が建国される。 |
808年4月 | エルドラード条約(資本主義市場経済相互援助条約)締結。エルドラード条約機構(EDTO)発足。 |
811年3月 | 普蘭合衆国がトラハト=ラシュハ連合王国に宣戦布告。 |
811年5月 | 中夏人民共和国もトラハトに宣戦布告。(普中ト事件) |
812年6月 | セニオリス共和国がヴェニスグループに宣戦布告。 |
812年12月 | レゴリス帝国をはじめとする有志連合がセニオリス共和国に宣戦布告。 |
813年1月 | EDTOが有志連合に宣戦布告。813年戦争勃発。 |
815年4月 | ディースブルク講和条約締結。813年戦争終結。 |
816年 | WTCO第7回加盟国会議、【フリューゲルの平和原則に関する条約の提案に関する決議】を採択。 |
820年5月 | 有志連合による「国際交易における配慮の枠組みに関する共同声明」発出。冰州鋼鉄レート事件勃発。 |
827年 | ルクスマグナ共和合衆皇国の前身であるミルズ皇国建国。 |
831年9月 | レゴリス帝国によるセニオリス共和国併合条約調印も、諸外国の猛反発により発効せず。(セニオリス併合事件) |
832年5月 | 有志連合5ヶ国と冰州連合、「貿易レート問題に関する共同声明」発出。冰州鋼鉄レート事件終結。 |
833年5月 | ラングラード臨時政府に対し、加烈天普土路6ヶ国が宣戦布告。中夏人民共和国も宣戦布告。(セニオリス戦争) |
833年10月 | 「セニオリス地域における治安維持活動の実施に関する協定」発効。セニオリス戦争停戦(851年に終結)。 |
837年8月 | カルセドニー社会主義連邦共和国、エーラーン教皇国の国際社会復帰を受けて活動休止状態だったSLCNに加盟。 |
839年9月 | ヴェールヌイ社会主義共和国滅亡。 |
843年8月 | 普蘭合衆国、ライン共和国に宣戦布告。普蘭ライン危機勃発。 |
845年2月 | 11ヶ国有志連合、「普蘭合衆国の一連の行為を受けた共同声明」を発表。 |
845年7月 | 普蘭合衆国の同盟国である烈路両国、普蘭及び有志諸国に対して自制を呼びかける声明を発表。 |
850年1月 | フリューゲル国際連合憲章調印。6月にFUN憲章が発効しフリューゲル国際連合設立。 |
勢力図

加烈天協調時代
時代の概要
フリューゲル国際連合発足から最初の130年余りは、「加烈天協調」と呼ばれる、三大陣営のトップによる協力体制によって定義づけられる。三大国はガトーヴィチ民主帝国(937年以降は神聖ガトーヴィチ帝国)などの反対意見にしばしば遭遇しつつも協調体制を維持し、この時期の国際社会に対してしばしば波紋を広げるような行動を行っていたミルズ皇国の行動に対して対処し、866年以降は同国を国連統治領ミルズとしてフリューゲル国際連合の統治下においた。
三大国の協調関係は、971年に発生したセニオリス・クーデターに際して崩壊することになる。FUN安保理が発したセニオリス地域に対する経済制裁へのSSPact加盟国であったヴェールヌイ社会主義共和国の違反行為に対する「処分」をめぐる安保理の手続きに関して、同国は強い反発の結果フリューゲル国際連合からの脱退を通告した。この際に生じたWTCO-SLCNとSSPactの間の対立は、両陣営がともに同盟理事国を交代させる結果に結びつき、特にヘルトジブリールが国際社会の表舞台から距離を置いたこともあって「加烈天協調体制」を終焉させる結果となった。
年表
年月 | 出来事 |
850年6月 | フリューゲル国際連合憲章発効によりフリューゲル国際連合(FUN)設立。 |
851年8月 | ハルクステン条約発効。セニオリス戦争終結。 |
852年11月 | ヴェニス株式会社統治領にFUN本部を設置。 |
853年11月 | 国際社会各国、「ミルズ共和国」を称する集団に対して宣戦布告。(ミルズ=ミルズ戦争) |
854年2月 | 「ミルズ共和国」、人口が100万人を下回ったため強制敗戦。ミルズ=ミルズ戦争終結。 |
864年2月 | ミルズ皇国、ラス・アノド海賊連合に対して宣戦布告。(ミルズ=ラス・アノド事件) |
864年6月 | FUN安全保障理事会、ミルズとラス・アノド間の戦争を終結させる決議を採択。 |
866年9月 | FUN安全保障理事会、ミルズ地域統治委員会を設置してミルズ皇国を解体。 |
868年11月 | セニオリス地域にハルクステン条約下で置かれていたクラリス連邦が滅亡。 |
879年7月 | ノイエクルス連邦が度重なる外交的消極姿勢を理由にイスタシア王国に対して宣戦布告。(イスタシア戦争) |
887年8月 | 第5回国際スポーツ大会イヴァングラート大会開会。 |
915年7月 | (新)セニオリス共和国建国。 |
937年11月 | ヴェールヌイ社会主義共和国が再建。 |
949年12月 | 大石動帝国が再興。 |
955年1月 | 第6回国際ポーツ大会サンサルバシオン大会開会。 |
971年4月 | セニオリス共和国軍、大統領府・議会を制圧しセニオリス共和国憲法の停止を宣言。(セニオリス・クーデター) |
971年5月 | FUN安全保障理事会、ミルズ地域の独立を承認。 |
975年1月 | セニオリス・クーデターを受け、FUN安全保障理事会、SSPactによるセニオリス・スラヴ国への攻撃を許可。 |
977年11月 | セリティヌム連邦の前身であるセリティヌム共和政が建国される。 |
981年5月 | ヴェールヌイ社会主義共和国、瀬クーデター時の安保理の対応を非難しFUNからの脱退を通告。 |
983年3月 | FUN総会第4回特別会期、ヴェールヌイのFUN加盟国としての権利を停止することを決定。 |
勢力図

ルッコラ時代
時代の概要
ヴェールヌイのFUN脱退通告をきっかけに加烈天協調体制が崩壊することによって成立したこの時代は、その始まりの激しさとは裏腹に、フリューゲル全体の活動水準が低下した平和な時代であった。ヴェールヌイはFUNに脱退通告をすると同時にSSPactからも脱退、普蘭合衆国・神聖ガトーヴィチ帝国、当時の新興国であったセリティヌム共和政、ラ・フローリド共和国とベルクマリ包括的協力機構(BCAT)を発足させた。新興国セリティヌムは一般理事国への就任を目指していたが、BCATに加盟したことでそれは果たせなかった。この際にルクスマグナ共和合衆皇国がセリティヌムを一時推薦しその後取り消したことに対してセリティヌムは公開質問状によりその意図を問い質し、これ以降は芹光対立がこの時代のフリューゲルを特徴づける対立軸となる。その後60年間余り国際社会は重要な事件を経験せず、1040年になってFUNはヴェールヌイの復帰、FUN発足直前に起草委員会から脱退して以降FUNから距離を置いていた普蘭合衆国のFUN加盟と引き換えにBCATに対して同盟理事国の地位を付与した。これに前後してBCATは内部対立が生じ、セリティヌム共和政がBCATからの脱退を宣言している(BCATはこれを認めず、加盟資格停止処分で応じた)。
1051年に開催されたFUN総会第21回通常会期は、ルクスマグナ共和合衆皇国が「一般理事国推薦に係る主権尊重」という、以前の芹光対立の内容を想起させる議題を提出したためにセリティヌムから懸念を受け、これに対して普蘭合衆国がセリティヌムを批判したために芹普両国で(議題と直接関係のない)激しい口論が繰り広げられた。これをリブル民主主義人民共和国代表の言葉を借りて「ナンセンス総会」と呼び、この時代の最大の国際的事件とされている。他に、レゲロ社会主義人民共和国が荒らし行為を繰り返していたエーゲ民主共和国に対して宣戦布告を行ったが、これは単なる荒らしの処分であるとみなされていたこと、レゲロがFUN非加盟国として国際社会の中心から距離を置いていたことからこの時点ではそれほど重要視されなかった。
年表
年月 | 出来事 |
983年3月 | ベルクマリ包括的協力機構条約(ベルクマリ条約)締結。ベルクマリ包括的協力機構(BCAT)発足。 |
983年5月 | セリティヌム共和政、ルクスマグナ共和合衆皇国の一般理事国推薦取消に対して公開質問状を発出。 |
988年12月 | FUN総会第14回通常会期、ルクスマグナ提出のクーデター事態対処決議等を採択。 |
1000年 | ノイエクルス自由国、フリューゲル1000周年祭の開催を発表、諸国が参加を表明するも開催されず。 |
1040年3月 | FUN安全保障理事会、ヴェールヌイ社会主義共和国の加盟資格を回復。 |
1040年9月 | FUN安全保障理事会、BCATに対して同盟理事国枠を付与する決議を採択。 |
1051年1月 | FUN総会第21回通常会期開催。ルクスマグナ提出議題に対して芹普両国が激しい口論。(ナンセンス総会) |
1056年12月 | FUN総会第21回通常会期、決議案が投票に付されることなく閉会。 |
1080年5月 | レゲロ社会主義人民共和国、エーゲ民主共和国に対して宣戦布告。(レゲロ=エーゲ事件) |
1080年5月 | FUN安全保障理事会、本部所在地であったヴェニスの滅亡を受け、カルセドニーへの臨時本部設置を決議。 |
1081年1月 | FUN総会第24回通常会期開催。FUN本部の所在地策定を目指すも、議論深まらず1084年末に散会。 |
勢力図


雪解け時代
時代の概要
ルッコラ時代の末期には、国際社会は停滞を極めており、一部の国家から「フリューゲル完結」のうわさも上がるほどになっていたが、1120年に建国されたトータエ社会主義人民共和国は建国直後から精力的に活動し、フリューゲル全体の再活性化につながった。同国とルクスマグナ共和合衆皇国が中心となって発足したカルーガ条約機構(KPO)は、この時期のフリューゲルの興味の中心となり、数々の国際的事件に関与している。
年表
年月 | 出来事 |
1120年2月 | トータエ社会主義人民共和国建国。 |
1134年5月 | 神聖なる協働的國家聯盟とレゴリス帝国の間の覚書発効。両陣営は事実上の相互安全保障関係入り。 |
1135年10月 | 668年以降非独立地域であったセビーリャ責任国が独立を宣言。 |
1135年12月 | カルーガ包括的国家連携協力機構条約(カルーガ条約)発効。カルーガ条約機構(KPO)成立。 |
1140年6月 | FUN安全保障理事会、エーゲ地域をレゲロ委任統治領に指定。 |
1144年11月 | KPO、新エーゲ王国に対して宣戦布告。(KPOのエーゲ攻撃事件) |
1149年1月 | FUN安保理、KPO諸国によるエーゲ委任統治領への攻撃への対応に関する決議を採択。 |
1160年9月 | イスタシア自治領が国際社会に復活。ノイエクルス連邦が戦勝権行使を宣言。 |
1165年9月 | ノ連・イスタシア、両者関係についての協定に調印。 |
1176年4月 | カルーガ条約改定。これを受け、加利両国がKPOに対し公開質問状発出(KPO先制的自衛権事件)。 |
1181年5月 | セニオリス連邦、カルーガ条約”先制的自衛権”に関する安全保障理事会決議案にFUN史上初めての拒否権を行使。 |
勢力図
