2016/08/30 16:28:26
[b]【政治】レハシ大統領誕生へ 第5回大統領選挙・第6回共和国議会選挙結果[/b] 670年11月18日に投開票となった第5回大統領選挙の結果、レハシ・ウェストカーネリアン社会民主党代表がリヨネ・アメシスト現大統領を破り大統領に当選した。
レハシ氏はリヨネ氏の外交・経済手腕に対するネガティブ・キャンペーンを積極的に行い、「共和国が国際社会で重要な役割を果たせていないのは現大統領の政策の責任である」などと訴えた。公約では「労働者評議会の設置」や「大統領権の縮小」などの政策を「労働者主権社会建設公約」などと称して発表、都市圏の労働者の高い支持を集めた。
リヨネ大統領は「レハシ氏は共和国を社会主義化しようとしている」などと訴え、経済界の協力を要請したが、労働組合などが一斉にレハシ氏支持に回ったため苦戦を強いられた。
最終的に、リヨネ氏が49%、レハシ氏が52%の票を獲得しレハシ氏が共和国3人目の大統領に当選した。
一方で、共和国議会選挙においては社会民主党の完全勝利とはならなかった。社会民主党は選挙直前に左派民政党を吸収して選挙に臨んだが、旧左派民政党所属の議員はほとんどが落選、共産党を加え改選前147議席あった左派勢力の議席数は123まで減少、議会全体の半数をわずかの差で確保できなかった。
ここ数年の政治混迷の事実上埒外に置かれていた国民党は議席を大幅に回復、民政党(旧右派民政党)も若干議席数を増やした。国際的な宗教勢力の衰退(エーラーン・ボアーズィチィ政府機能停止、セビーリャ壊滅)などの影響で民主連合は議席数を大幅に減らし、ほぼ共産党と同程度の勢力にまで落ち込んだ。
社会民主党は共産党と政策協力を行うことを既に発表、無所属議員の取り込みにも力を入れているが、議会運営が安定するかは微妙な情勢である。
その他、無所属 5
※「民政党」は旧右派民政党のこと。
[b]【国際】ノイエクルス連邦南瓜共和国大統領退任[/b] 668年11月下旬、ノイエクルス連邦南瓜共和国の共和国国営放送はクリストフ・ハールスJr.大統領が高齢を理由に退任すると発表した。クリストフ大統領は189年前の479年3月、前年に終結した龍鮮戦争従軍者への叙勲の際に龍鮮王国より無窮花大勲章を授与されていることが当時の報道より確認でき、この時点ではすでに大統領であったことが分かる。
大統領府報道官は本件について「民主国家でこれだけの長期間一国の指導者を務めたということは、それだけの人望と能力があったのだろう。」とのリヨネ大統領のコメントを発表した。
669年5月18日、大統領府経済委員会は共和国北部の工業地域を段階的に縮小すると発表した。
ムトロライト・エライ海岸の両工業地区は667~668年の震災で大きな被害を受けていたが、防衛委員会が「国防上必須」と主張した軍需産業地区以外の再建は遅々として進んでいなかった。この決定で建材工場の再建は事実上放棄された形だ。
共和国の主要な収入源の一つとなっている建材の生産だが、国際的な経済の衰退に伴う現代都市・工業都市などの大規模設備建設の減少、アルビオン連盟王国との定期取引による木材供給増加、トルキー社会主義共和国の採石場転換による石材供給減少などの影響で石材から建材を生産する必要性は薄れつつある。そのような状況が、今回の決定に至ったとみられている。
669年12月10日、リヨン・ジャスパー前大統領が死去した。リヨン氏は大統領を退任する直前から健康状態の悪化が報道されていたが、669年に入ってから急激に病状が悪化したという。