2014/04/07 20:23:37
523年 12月初旬
帝国政府はドクツに対し発表した声明を撤回した。
同時にエルツとドクツの友好条約の締結を発表。
エルツとドクツの関係が元に戻ったことをアピールした。
こうして『真夏の夜の陰夢事件(エルツ側呼称)』後緊張の中にあった両国関係は緩和された。
しかし事件の責任を取りマクシミリアン宰相は外相職と内相職を辞任。
事件の発端であったとされるピエール男爵以下議員数名を離職させた上で粛清することで今回の事件は収束を見ることとなった。
国内からは、今回の事件において陛下の身辺を固め、事態の収束に貢献した参謀本部以下軍部に独自に力を持たせるべきであるという声が多くなった。
補足 『真夏の夜の陰夢事件』
マクシミリアン宰相、ローエン軍務卿、エーベルタイン文務卿ら主要閣僚が外遊している間に、一部ピエール男爵をはじめとした過激派議員により議会が占拠され、一時ピエール男爵による独裁政治がされていた状態になったという事件。
ピエール男爵旗下の一部貴族騎士連隊が王宮へも向ったがパシェン参謀総長隷下の国防軍中隊が王宮前で激戦を展開。貴族騎士連隊を撃退することで陛下の御身は守られた。
その後、ピエール男爵は議長権限を用いて、国防軍へ集結を命ずるも国防軍は応じず、これに対し男爵は、反協力的な人物は粛清するという恐怖政治で対抗するも、マクシミリアン宰相らが外遊から帰られたことで、議会が解放され、ピエール男爵の企てた夢はわずか数日で潰えた。
新外相には先の事件後の対応が評価されたエーベルタイン子爵が、新内相にはヴィルヘルム・フレック氏が就任される見込み。
補足その2 ドクツ・エルツ友好条約
両国の永遠の友好を謳った条約。条約に関しては陛下のお考えが多々に反映されているとのことだが、エルツ国民とドクツ国民は親友なので問題はないとの見方が多い
ビザの廃止、渡航の自由など、最近エルツではやりのドクツ旅行者には堪らない条約だ。やっぱり陛下はナンバー1。
また今回の事件においては関係各国の対応も大事であったという見方もある。
PTOの冷静でかつ理性的な対応はエルツ・ドクツ両国間の問題が重大な事件になることを予防するのには十分で、また他の国家がこの事件に介入し、深刻な惨事を引き起こすようなことが無かったこともPTOの冷静な対応が正しいことであったことを証明させた。
これからの社会に必要なのはこのように理性的な判断の下せる国家であると軍事評論家のサカガミ氏は語られた。
【国際】エーラーン留学生エルツヘ
エーラーン教皇国から100名前後の留学生がエルツヘ交換留学生として派遣された。
エルツからもエーラーン教皇国へ留学生が行っており、留学生代表のヨハンネス・パシェン君は「相手を知ることは、それは即ち両者の友好を意味します。私は同じ世界の中まであるエーラーンのことをもっとよく知りたいし。エーラーンの人たちにもっとエルツを知ってもらいたいためエルツ国民代表として恥じることの内容学んでいきたいと思います」とコメントしてくれた。
この学生達がこれからの両国の交流の懸け橋となるか。期待が乗せられる。
補足 エーラーンとエルツ
宰相の行なわれた会談により、両国間の距離はぐっと縮んでいる
それは両国間渡航のビザの廃止から始まり、両国企業の相互出店など、ビジネスマンからは同じ国内の違う島のような感覚だ、商売がはかどる。と気持ちいい返事が返ってきた。
【戦争】石動動乱集結。観戦武官帰国
遠い東方で行われていた石動動乱が集結した。大幹帝国に存在した亡命石動政府が北条勢力を打ち破り、石動第三帝国を建国した。
この戦争にはレゴリス、エデレス・フリューの二大国が直接介入。大幹帝国も防衛隊を派遣するなど、当初から石動亡命政権側有利と国際社会はみなしていた。
結果はその通りに進んだが観戦武官のバルツァー少佐は別の点を問題点として挙げている。
それは石動側について参戦した大国の軍事遂行力である。レゴリス・フリューの両大国はその軍事力を惜しむことなく今戦線に投入したが、その圧倒的破壊力は小国であるエルツなど焼野原にできるレベルで、それをきわめて計算されつくした場所へ投入するようだ。これは早急な国防力強化が望まれる。
また軍事大国であるレゴリスなどに装備で劣る大幹帝国の防衛隊の戦闘はすさまじく、指揮官の大事さをまざまざと感じさせられた。とバルツァー少佐は語る。
バルツァー少佐は現在エルツ王立士官学校で教鞭をとられており、エーラーンの軍事顧問と共にエルツの将校の技能の向上に役立ってもらいたい。
エルツ通信帝国本局