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Research&Whispers ラトアーニャ君主共和国成立

2013/08/02 1:55:16

【政治】新たな体制、新たな象徴、新たな旗

482年、11月17日。最高評議会は解散され、行政城砦カーディナル・セプスティアには新しい国旗が掲げられました。
ラトアーニャ君主共和国。旧内務部(新体制後は内務省)の公式説明によれば、
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旧ティ・ラフィール二重公国の構成国(旧ルセナール公国と旧タールウィル公国)の制度的国家合同によって
482年に成立した複合元首共和政(ルセナールの元首とタールウィルの元首を一人の人物が兼ねる)国家。
旧称はティ・ラフィール連合国で、元首共和政移行に伴い国号が変更された。
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とあり、元首政への移行が国民投票で賛成を得、正式に評議会で承認された事になります。背景には何があったのでしょうか。

それは他ならぬメイスナーの火祭り、またその後に起きたルセナール愛国軍事会議の蜂起。これによって国内政治は大荒れとなり、
復興が遅々として進まない状況が続いていました。国民の多くからは「強力な指導者」を待ち望む声が多くあり、結果として
ルキウス・キルヒアイゼン氏の半独裁体制が民主主義を掲げるティ・ラフィール連合国で承認される事になりました。

古代ローマで「皇帝」の代名詞たる「アウトクラトール」の称号で支持を集めるルキウス・キルヒアイゼン国家元首は
「仮に私の権力が強まったとしても、この国は民主主義を貫くでしょう。国民の意見を聞き続けますし、世襲が行われる事は絶対にない」と記者に語り
国号の変更、またルキウス氏の権力が強まっても民主主義国家と言う事は今後も変わらないとの姿勢を明らかにしました。
また、ティ・ラフィール連合国と国交を結んでいた国家については国号が変わっただけで、外交上に与える影響は無いと説明し
今後も関係国との友好関係構築に全力を注いで行くとの事です。

元首政をとりながら、民主主義を掲げる新国家。この試みが成功するのかは、まだ誰にも分かりません。

※ラトアーニャはティ・ラフィール二重公国の初代タールウィル公爵・ラトアーニャ・キルヒアイゼン公爵に因むもの。

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