2013/02/23 14:33:38
【政治】皇帝陛下、数年後の退位を表明
フリューゲル暦16473期457年7月28日、脳血管障害で入院中の皇帝ヴィルヘルム2世陛下は快復への望みは薄いとして、
[b]数年後の皇太子ヴィルヘルム3世殿下への譲位を御決断された。[/b]ただし時期については明白にされなかった。
“息子に皇帝の座を譲る前に厄介事を片づけなければならぬ。東シベリアとプロイセンの問題にミッドガルド情勢、
社会主義者の跳梁と、余に残された時間は短いのに問題は山積している”と陛下は嘆かれており、宰相キュールマン氏に
早急に手立てを講ずるよう命ぜられた。これを受けた与党第1党の社会民主党は“問題解決のために軍事的冒険に
乗り出さないよう努めなければならない。我が国は国際社会の大国として粘り強い交渉により解決を図るべきであり、
ミッドガルドの如き暴挙に出ることは慎むべきである”と声明を発表した。
【国際】東シベリアとプロイセン問題
現在、我が国と東シベリア、プロイセンの間には外交問題が生じている。今回はその経緯をまとめたいと思う。
我が国と東シベリア共和国との間には453年にウラン鉱山共同開発協定が締結されたが、しかし鉱脈探査は
一向に成功せず、余りの失敗の連続に東シベリア共和国大統領のマシュウェル氏は健康を損なってしまった。
我が国は追加融資を行うと共に3度目以降の融資は無償とするなど、寛大な態度をもって東シベリア側の
鉱山開発を支援する姿勢を崩さなかったが、だが東シベリア側はこれ以降鉱脈探査を怠りはじめたのである。
当初我が国は静観して事態の改善を待ったものの、呆れたことに東シベリア側は鉱脈探査を再開するどころか
工場建設などを行いはじめたのである。もし建設に我が国の建材が使われていた場合は協定第二条第2項違反となる。
致し方なく我が国は東シベリア側に抗議を行い、東シベリア側も謝罪したものの、鉱脈探査を2度行っただけで
再び工場建設を行っている。我が国としては東シベリア側の誠意を疑わざるを得なくなっており、早急な対応を
東シベリア側には求めたい。
プロイセン王国問題は東シベリア問題と同じく、プロイセン側の不義により引き起こされた。プロイセンと我が国は
鉱山共同開発を行い定期取引も実施していたが、直後にプロイセン側は事前協議も申請も無しに
FENAへの一方的加盟を宣言、その外交感覚の幼稚さを見せつけた。当然ながら加盟宣言は我が国により拒絶され、
ここから両国間の間に不信感が醸成されたと言っても過言ではない。その後、我が国はプロイセン側に石材取引を
求め対価を先に支払ったものの、プロイセン側は一向に石材を引き渡さず、我が国の督促も無視した。
これにより我が国のプロイセン側への不信は一挙に高まり、現在送付した外交文章への期限内の回答が無い場合は
断交も含めて必要な措置をとる準備を進めている。これでプロイセン側が再び無視を決め込めば、両国間の関係は
もはや修復不可能となるだろう。
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