「セリティヌムの新任総領事の歓迎会?」
そう言いつつ、私は手元にあった書類から首席秘書へと目線を動かした。
「はい。セリティヌム連邦共和政の総領事が交代になったようで…今度総統と外相主催の元
ハイネセルにて歓迎会を行うと連絡が」
「それで、ハイネセル市選出上院議員である私にお声が掛かった訳ね。」
首席秘書は肯定の意で首を縦に振る。
「なら、行くわ。地盤は大事にしなきゃ。」
わかりましたと首席秘書は答え、そのまま執務室から退出する。
しかし、どうして一総領事の歓迎会にわざわざ総統や外相が出張ってくるのかしら………
総領事なんで、星の数程いるでしょうに。
全く、リゼット・ヴェルトミュラーの考えることはよくわからないわ。
Des Reichs Traum
Folge 2 ローザリンデとシャルロッテ
ハイネセル=エルネスティア州州都、ハイネセル市───私の地盤でもあるこの地に久し振りに降り立つ。
といっても、1ヶ月ぶり位だけれども。翌日には党本部があるユルトリンゲンに戻らないといけないから…
今日のスケジュールは割と分刻みだ。地元有力者との会合─地元企業の陳情─戻ると決まった途端に
設定されたスケジュールに私は振り回される。
このスケジュールを組んだ首席秘書たる彼女は有能だけど…雇い主の疲労とかは全く考えないのかしら。
まぁ、良いのだけれども。私なら問題ないもの。
───多数のスケジュールをこなした後、本日最後の行程に向かう。外相主催の総領事歓迎会だ。
よもや夜会とは思わなかったけども。お陰でドレスコードに則った服を持ってくるのを忘れてしまった。
全く…あの娘、たまにポンコツになるのよね。普段は有能なのに。そこが可愛らしい所でもあるのだけれども。
…実家がハイネセルにあって良かったわ。お陰で着慣れたイブニングドレスに袖を通すことができる。
───そう思案していると、ハイネセル・コンベンション・センターに到着した。今日の歓迎会会場だ。
確か、まだ竣工してから数ヶ月も経ってなかった筈。引渡式典で私もテープカットに参加したんだもの。
多分合っているはず。車から降り、カツカツとヒールを鳴らしながら中のホールへと向かう。
ホールに入ると、丁度主賓が挨拶をしていた所だった。どうやら少し遅刻してしまったらしい。
後で秘書はシバく。そう心の中で決意しつつ、ワイングラスを給仕から貰う。
「それでは、セリティヌムとレゴリス両国の今後の友好を願って、乾杯」
主賓の新総領事の乾杯の合図に皆答え、歓談が始まる。
さてはて、どうしたものかな。ワイングラスを傾けながら思案していると、視界に私の大嫌いな人間が
入ってくる。無視して顔を背けるとまたその視界に入ってくる。諦めた私はため息を吐きながらこう呟く。
「ロクデナシの外務大臣閣下が私になんの御用でしょうか。」
「嫌だなぁ。ロクデナシだなんて。それに、外務大臣である以前に同じ上院議員の仲間じゃないですか~」
そう笑顔でケラケラ笑いながら喋るコイツはドミニク・バルツァー。
リゼット・ヴェルトミュラー政権において外務大臣を担当していると同時に、私と同じハイネセル市選出の
上院議員でもある。コイツ、自分が仲いいと思っている奴にだけこういう態度を取るので、本性を知る人間は
かなり少ない。だからハイネセル市選挙区でいつもトップ当選。因みに次点は私。
「主催は主賓とずっと喋ってればいいのよ。私に絡まないで頂戴。」
「まぁ厳密にはボクというよりは総統閣下が主催なんですけどね~。急用があるとかで急遽キャンセルしたん
ですよ、彼女。全く、国家元首の自覚あるんですかねぇ。」
「あら、貴方のご主人様なのでしょう?そこまで批判すると立場が危ういのではなくて?」
「こんな状態の帝国の外務大臣をボクの代わりに務める奇特な人がいれば喜んでお譲りしますとも。」
「はぁ…まぁ、政権の現状を見るとそれもそうね」
現時点でのリゼット・ヴェルトミュラー政権はレームダックに近い状態だ。元々レゴリス州首相から総統に
上り詰めた彼女は特定の支持政党が居ない。強いて言うならレゴリス社会民主党だが、1114年の大失態に
より保守党-社会民主党の二大政党制が崩壊した今では、強力な支持政党とは言えないだろう。
現状、彼女は嘗ての二大政党に代わる政党───孤立主義者の巣窟『レゴリス民主党』───そして
私が属する大国主義者の巣窟『レゴリス国家人民党』の2つに翻弄され、まともな身動きが取れていない。
やろうと思えば強権を行使して政策を実行することも可能だが、それは総統職からの辞任を意味することに
なってしまう。であるからして、彼女が何も出来ないのは理解できるが、よもやここまで何も出来ないとは…
「ま、でも彼女はすごい一手を打つでしょうね。今はその下準備をしている段階です。」
「へぇ、こんな状態でまた打てる手があるのかしら?」
「ええ、ありますとも。彼女は種蒔きが好きなのでね。将来のため、色々な手を打っていますよ。見えないだけでね」
「ふぅーん。じゃあ、その種が芽吹くのを心待ちにしてようかしら。」
「良いんじゃないんでしょうか。多分、貴方が総統になる頃には収穫できると思いますよ。」
「はい?」
バルツァーの予言めいた言葉に思わず素っ頓狂な返事をしてしまう。
それに対してバルツァーは「おっと。ちょっと喋りすぎましたかね」と言い、その場を立ち去っていった。
「何なのよアイツ………。」そう私はボヤく。
気を取り直して、主賓の姿を探す。流石に声を掛けずに歓迎会を終えるのは、先方に失礼だ。
しかし見つからない。クソ面倒な外相に引っかかっていたせいで、その間にどこか行ってしまったようだ。
…そういえば、主賓の情報を私は一切知らない。大体事前に首席秘書が調べてレクしてくれるもの
だったが、今回はどうやら忘れていたらしい…。
いよいよもってアイツをシバく必要性を感じつつ、一息入れるために私はホールの外のテラス席に向かった。
テラス席に行くと、どうやら先客が居たらしい。
赤みがかった茶色、黒色、そしてやや暗い黄色───つまりセリティヌムカラーに彩られたイブニングドレスを着た
今回の主賓───セリティヌム連邦共和政の新総領事の姿が、そこにあった。
あいにく、私は挨拶すら途中参加。彼女の名前すら知らない。
さてはて、どうしたものか思案していたら、彼女が先に声を掛けてきた。
「貴方はローザリンデ・ベレスフォード上院議員でしょうか?」
淀みのないカルセドニー語で彼女は声を私に掛ける。
思わず私もカルセドニー語で肯定してしまう。
すると今度は淀みないレゴリス語でこう返した。
「お初にお目にかかります。在レゴリス帝国セリティヌム連邦共和政大使総領事館総領事を拝命致しました、
シャルロッテ・ベレスフォーディアと言います。どうかよろしくお願い致します。」
カーテシーで挨拶をする彼女に対し、私もカーテシーで挨拶を返す。
しかしベレスフォーディアか…どこかで聞いた覚えがある響き………あ、まさか。
「………そういえば、お祖母様に聞いたことがあるわ。セリティヌムに渡った家の者がいると。」
「ええ、ご明察の通り、私はベレスフォード家の傍流子孫です。
今はローマ風に改めて、ベレスフォーディアと名乗っております。」
「なるほどね………。ああ、ちゃんとした挨拶がまだだったわね。私はレゴリス帝国議会上院議員、
レゴリス国家人民党理事会長のローザリンデ・ベレスフォードよ。一応、宗家の現当主もやっているわ」
「存じております。不躾ながら、事前に調査させて頂きました。」
「へぇ、調査ねぇ…そんなに私のこと、興味あるんだ。」
「将来のレゴリス帝国総統候補…と、ナータリス連邦執政官が仰られておりましたので。」
「………全く、今日は調子が狂うわ。どいつもこいつも私の事を未来の総統とか言って………。」
「でも、目指されていない訳では無いのでしょう?」
「…まぁ、そうね。それは否定しないわ。」
「そうですか。それならよかったです。」
───それから暫く彼女と雑談した。
その中で分かったのは、私と彼女は一回り半位年の差があること。(若いって羨ましいわ。)
同じ帝国大学法学修士卒の同窓であること。
お嬢様然とした口調は、名門に恥じない生き方を実践すべく常に気高く振る舞っているからということ。
そして、本性は多分…優しくて、甘えたがりだということ。
雑談しているうちに、同じ祖先を持つからか──いつの間にか親しくなっていった。
「………一つ、ローザリンデお姉様にお願いがあります。」
「…お姉様って言われるような歳でもない気がするけど…まぁいいでしょう。どんなお願いかしら。シャルロッテ。」
「…私はレゴリスでの留学経験はありますが、それ以外のレゴリス政財界への縁は何もありません。」
「そうね。シャルロッテの年齢じゃ、大学の同窓もまだレゴリス政財界には根を張り切れていないでしょうし…。」
「そこでお願いなのですが…私がレゴリスの政財界に入っていくのを、手伝っては頂けませんか?」
「…そういうのは、貴方の上司たる大使にお願いするものなんじゃないかしら。」
「大使閣下は自主性を尊重されるようです。言い換えると、『自分でコネを作れ』と言ったところでしょうか。」
「…なるほど。中々どうして貴方の上司はスパルタのようね。」
「はい。そのようです。」
さてはて、どうしたものか………。別に、私の付き合いのある連中を紹介してやっても構わないけど…。
物事には対価が必要。対価が伴わない取引など論外だ。であれば、こうしようかしら。
「じゃあ、私の付き合いのある連中を紹介してあげるわ。私は元軍人だから、そちら方面の系統の人間が多いけど。」
「ありがとう存じます。」
「でも、条件があるわ。」
「…私に叶えられる範囲のものであれば。」
「今決めたのだけれども、今度、極秘でセリティヌムに飛ぶことにしたわ。」
「はい」
「その時に、ナータリス連邦執政官閣下に極秘で会えないかしら?」
「…善処はしますが、確約は出来かねます。」
「じゃあ、私が総統になった時に、両国の関係を深化させる為の条約を締結するとお伝えなさい。であれば、
彼女は必ず首を縦に振る筈よ。」
「…わかりました。申し伝えておきましょう。」
「じゃあ、取引成立ね。」
そう言いつつ私は右手を差し出す。
「改めて、これからよろしく頼むわ。シャルロッテ。」
「はい、こちらこそよろしくお願い致します。ローザリンデお姉様」
彼女は差し出した私の右手を自らの右手で握った。
彼女の右手は、緊張からか僅かながら汗ばんでいた。
それに思わず私はフフッと笑ってしまう。
「…なにか可笑しかったのですか。」
「いえ、昔を思い出しただけよ…シャルロッテは可愛いわね。思わず頭を撫でたくなるくらいには…」
そういいつつ私は彼女の頭を優しく撫でる。
んっ…っと言い、ちょっとくすぐったそうにしつつ、彼女は私の頭の撫でる行為を受け入れる。
…思わず昔を思い出し、感傷に浸る私…。
そんな中、彼女はこう独白する。
「私…昔から甘えたがりで…でも、それを表に出すのが苦手で…親にも正直、あんまり甘えられませんでした。
だけれども」
「お姉様になら、素直に甘えられる気がします。」
彼女はそのまま私に抱きついてくる。
「私がレゴリスにいる間だけで構いません…甘えたくなったら、お姉様に連絡してもいいでしょうか。」
その言葉を聞いた私は、彼女を抱きしめ返す。
「構わないわ。なんなら、本国から帰ってからでも連絡してもいいのよ?行ける行けないはわからないけど。」
「…ありがとう、存じます…。」
彼女の抱きしめる力が強くなる。やれやれ、本当に可愛い娘………。
そんな事を思いながら抱いていると、横からパシャリとシャッター音が聞こえた。
思わず彼女を離し、シャッター音が聞こえた方向に顔を向ける。
そこには、してやったりという顔をしながらスマホを構えるドミニク・バルツァーが立っていた。
「いやはや、ローザリンデさんの新たな一面を見られて良かったです。これは永久保存物ですねぇ。」
「今すぐ消しなさい。シバクわよ。」
「嫌です。」
「…消せ。今すぐに」
「…しょうがないですね。ほら、消しましたよ。」
スマホをヒラヒラさせながら削除画面を見せつける彼にムカついたので、
私はスマホを掴んでそのまま放り投げる。
「あぁ~ボクのスマホがぁ~」と叫びながら彼はスマホを取りに走る。多分暫くは戻ってこないだろう。
「全く…乙女の秘密を勝手に覗いた罰よ」
「…申し訳ございません。初対面の私のせいで、ご迷惑をお掛けしてしまって…。」
彼女はしょんぼりした顔をしながら私から離れようとする。
思わず私は、彼女の手を掴む。
「別に迷惑なんて思っていないわ。むしろあの野郎に制裁できたから、清々した気分。」
「だから、そんな顔をしないで。貴方の可愛らしい顔が台無しよ。シャルロッテ」
少し驚いた顔をしてから、また少し笑顔になる彼女。
「…わかりました。であれば、気にしないことに致しましょう。」
「そうそう。それじゃあ、そろそろホールに戻りましょうか。主賓不在だと出席者達が困るわ。」
「そうでした。戻りましょう。お姉様」
「ついでというのも何だけど、ここに来ている有力者連中を紹介してあげるわ。」
「ありがとう存じます。お約束の件は、必ず守ります。」
「ええ、よろしく頼むわ。」
私は彼女に手を差し伸べる。
「さ、行きましょう。」
「はい。お姉様」
返事をしつつ彼女は私の手を取る。
彼女の手は、もう汗ばんでいなかった。
◆あとがき
SSとしてはざっくり4年ぶりに書き終えました。どうも。レゴリスの中の人です。
やっぱり一人称視点は書きやすいですね。視点が増えるとすごい書きづらいです。
このSSは今はレゴリス帝国で総統をやっているローザリンデ・ベレスフォード先生と、セリティヌム連邦共和政で
国連大使をやられているシャルロッテ・ベレスフォーディア先生の出会いのSSになります。
(注:執筆当時(2024年6月頃) 今はそれぞれ前総統と連邦外務委員長)
レゴリスーセリティヌム平和友好条約締結の裏にはこんな話があったんですねー。
各位もネタがあれば是非ね、SSを書いて欲しいですね。私は皆さんが作られたSSが見たいんです。見たいんじゃ!
最後に、自国のキャラクターを当SSに出すのを快く承諾頂いたセリティヌム先生にお礼を述べて
終わろうと思います。ありがとうございました。