2015/03/19 22:25:17
582年4月20日、幹国は石動第三帝国に対し宣戦布告した。
これに対し、保守の重鎮、太極会会長の高桜誠氏は「慮政権は幹国の国際的信用を地に落とし、友邦石動と遠く離れる結果を招いた。」と強く批判。また、首相官邸前では連日、反戦・反慮政権デモが行われている。
龍鮮日報が行ったアンケートの結果は、「慮政権を支持する。」が24%、「支持しない。」が68%であった。
国民の大半は伝統的な友好国である石動との戦争を望んでおらず、国際社会と民意を無視した暴走外交に反抗の意志を示している。
【防衛】防衛隊、釜海へ集結
慮首相の動員命令により、国境守護帥以外の陸防部隊の大半が釜海港に集結している。海防・空防の部隊も石動攻撃の準備の為、蔡洲島へ移動している。
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龍鮮日報 第七十三号 世寧23年(582年)4月25日発行