2015/03/15 21:42:10
581年10月
ビルケンシュトック大統領がラインハルト陛下の国会召喚を議会へ提案したが、議会はこれを拒否。
同日午後、大統領の関係者にテロリストへの関与疑惑がかかり、共和国憲兵団より調査の間大統領は自宅軟禁の措置となった。これによって行政権、外交権は一時的に議会が行使することとなった。なお、提案の拒否を受けて大統領は大統領権を行使し議会を通さず国会へのラインハルト陛下召喚命令を下そうとしていた可能性が高く、議会がこれを妨げるために警察組織を動かしとたとの噂もある。
また同日、憲兵団は議会にも調査の手を広げ、テロリストとの関与の疑いで、ダウエンブルク公爵、ブリューニング侯爵をはじめとする13名が議員権を剥奪、21名が調査の間自宅軟禁措置を言い渡された。
国内においては引き続き戒厳令が引かれ、テロリストの協力者を国内から一掃するためと憲兵が日夜街中を警備しているようだ。
ラインハルト陛下は、南部にあるベザリウス公爵邸に移動されており、憲兵の勢力が届かない南部諸侯領で真っ向から共和国政府と対抗する模様だ。
このような状態になり、ダウエンブルク公爵が議会に拘束され、一方でツェーリング公爵は宰相としてヴィルフェルト首相と共に議会の指揮を執り、ベザリウス公爵はラインハルト陛下を保護している、と三大公爵家の対立の様相が表れてきている。