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石動和寧日報 【政治】挙国一致内閣総辞職! 尹阜善公爵に大命降下

2015/02/17 0:56:21

576年6月14日、丁純憲挙国一致内閣が総辞職した。
丁内閣は石動内乱における「北朝三皇族拉致事件」を無事解決し、内乱鎮撫の目途を付けることが出来た。その後も挙国一致体制は石動本土の南朝勢力を根絶するまで継続する方針であったが、石動~ノイエクルス間の交易紛争から、石動政府がノイエクルス自由国大使のペルソナノングラータ通達するに至った事態を受けて各党が対立状態に陥り、体制瓦解が表面化した。
・CAME体制維持しながらも域外との交流も図ろうとする国民民主連合
・CAME遵守で幹石枢軸時代からの関係を重視する愛国派連合(愛国行動党・幹民族統一党)
・脱CAME・反ノイエクルス・反石動の大幹社会党
上記の三派の対立により挙国一致連立体制が崩壊した結果、常民院の勢力は571年6月の状態に戻った。
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丁首相の後任の第11代議政府総理大臣には皇帝陛下の大命降下により両班院議員の尹阜善公爵が選出された。
第一党で過半数を確保している国民民主連合であったが、連合内部は親ノイエクルス派と親石動派、CAME派と脱CAME派の対立で一枚岩ではなく首相選出は難航を極めた。
そこで、元老の丁純憲氏と中川英憲氏は両班院議員の尹阜善公爵を担ぎ上げることで「国内各論の融和」を図ることを企図したと見られる。

【編集部解説】
「大命降下」
皇帝陛下の勅命による首相任命。過去の例は初代議政府総理大臣の李大尊と大戦後自決した姜英哲元総理の代行の金幸徳の2名。

「元老」
元首相・元両班院、常民院議長・元大法院長から構成される、国政の助言者。

尹首相は所信表明で「ノイエクルスと石動は共に先の大戦の戦友であり、大切な同盟国であり最高の友好国であります。幹国が間に立って円満な解決と凋落著しいCAMEの中興を期すために全力を尽くす所存です。」と述べた。

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「CAMEと石動との同盟は幹国にとって欠かせないもので、両方を維持する必要がある。」

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龍鮮日報 第七十号 世寧17年(572年)6月15日発行

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