2014/10/05 14:58:52
552年12月9日、丘賊征伐帥・丘州保安隊・南秋津諸藩連合軍(以下『征賊連合軍』と呼称)は丘賊軍(吉備秋津義勇軍)の丘州最後の拠点、鹿仔島城に総攻撃を敢行した。
薩眞の有力武家である嶋津家の居城は難攻不落の要塞で、城内には大量の兵器・弾薬・糧秣・医薬品が備蓄されていたため、征賊連合軍は苦戦を強いられた。
白善花総司令は兵力のいたずらな消耗を防ぐため、鹿仔島城を陸海から完全に封鎖し兵糧攻めに持ち込んだ。また、多くの丘州各県の住民が連合軍に協力を申し出て、食糧などの物資を提供した。
包囲中も敵の勇敢な薩眞隼人は度々、城外に出て連合軍包囲網を突破しようとし、連合軍にも大きな被害を与えた。白司令は「丘州武士の勇戦は永遠に語り継がれるでしょう。」と評価した。
553年12月20日、城主の嶋津下久は連合軍に降伏して開城した。この際、嶋津下久は武士の作法に則り、切腹しようとしたが、彼の武勇と知略を高く評価した白総司令の説得を受けて丘州連合自治政府側に帰順した。
また、吉備秋津義勇軍の総大将、少弐頼久・宋定盛・阿蘇之時・北郷伴久といった主要な武将は抜け道から脱出した模様で、現在行方を調査中である。
なお、本作戦の勝利により「辛未丘征」の短期目標である「丘州全土の平定」「海賊・暴力団・マフィア等の鎮圧」が達成された。
以降は、丘賊残党の掃討と民生の安定、丘州政府の防衛力・警察力向上が征伐帥の任務となり、丘州保安隊と丘州警察の訓練は征伐帥と南秋津軍が合同で実施する。
征伐帥は丘州政府が自力国防と治安維持が可能になった時点で、撤退し、南秋津諸藩連合に主権を返還する。
—————————————————————————
【文化】「仁河国際スポーツ大会」「麗瑞商工博覧会」の開催
丁純憲総理は、全フリューゲル的文化行事として「仁河国際スポーツ大会」「麗瑞商工博覧会」の開催計画を発表した。
「仁河国際スポーツ大会」
”複合競技”
近代五種競技
トライアスロン
”水のスポーツ”
水泳
ボート競技
セーリング
カヌー
”格闘技”
フェンシング
レスリング
ボクシング
柔道
テコンドー(地球時代から伝わる朝鮮武術にして幹国の国技)
”的当て”
射撃
アーチェリー
”球技”
&font(Red){野球};
テニス
サッカー
ホッケー
バスケットボール
バレーボール
ハンドボール
卓球
バドミントン
”その他”
陸上競技
体操
ウエイトリフティング
自転車競技
馬術
中でもメインは野球で、旧中夏民国が主催していた国際野球大会の正統を受け継ぐ種目である。
「第三回フリューゲル商工博覧会(麗瑞万博)」
ルーシェベルギアス公国(現成蘭領)で2回開催された。
世界各国との文化・経済・科学交流を目的である。
丁総理は国内外に開催への協力を呼び掛けている他、諸外国での宣伝活動に2兆Vaの特別予算を計上した。