2014/07/04 21:32:26
538年2月、友邦オストマルク帝国が国家崩壊に陥った。同国は以前より行政活動が停滞しており、事実上の無政府状態であったと考えられている。
これに伴い、538年7月3日、朴京煕皇太子殿下が幹国大使館員と共に帰国なされました。
朴殿下は510年に同国へ留学されて以降、滞在され続け、幹国とオストマルクの文化交流を推進されました。また、530年にはユンカーのルイーゼ・フォン・ロンベルク妃殿下と御成婚なされました。
朴殿下は「美しい自然と音楽に溢れた素晴らしい国でした。いつの日か再建されることを願います。」と玉音を発せられました。
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龍鮮日報 第五十七号 天安25年(538年)8月15日発行