2014/06/02 15:26:02
[url=http://tanstafl.sakura.ne.jp/uploads/isulugi_1401690362_nanboccho.jpg][img align=left]http://tanstafl.sakura.ne.jp/uploads/thumbs/isulugi_1401690362_nanboccho.jpg[/img][/url][size=large](画像:衛星写真に加工を加え我が軍と南朝軍の進路を示したもの。)【慶祝帝都解放!先帝の圧政に苦しんだ帝都市民歓喜】
533年3月25日、遂に我が石幹連合軍は南朝先帝勢力から帝都解放を成し遂げることができた。南朝制圧下の帝都は戒厳令が敷かれ、南朝により国社党協力者とされたものは即座に連行・処刑されるという緊迫した状態にあり、今回の我が軍の帝都解放に臣民は大いに歓喜している。
また今回、南朝軍近衛大将、元第一近衛師団長の北畠顕の戦死が確認された。北畠大将は南朝軍を帝都から撤退させるために最後まで殿にたち帝都で徹底抗戦を行い、結果南朝勢力の浄土島撤退を許す形となってしまった。浄土島は帝都に近いものの面積が狭く、橋頭堡となるような浜辺や海岸も少ないため、掃討は困難と思われる。
【埴輪県陥落。残党は旧秋津領丘州へ転進か】
帝都解放の同日、埴輪県でも新田大佐率いる北部南朝勢力掃討作戦が展開され、細川義洋中将指揮の第五師団、斯波尚美中将指揮の第六師団により、新田大佐率いる第一師団は壊滅、新田大佐は新田大佐は殿として残党兵力を沿岸部へ撤退させるために奮闘し、頭部に流れ弾を受け乗車する装甲車から転落、足元の田甫に転がり落ちて泥まみれになりながらさらに額に流れ弾を受け即死したとのことである(第一師団の捕虜証言)。新田大佐の奮闘により第一師団残党は新田大佐の長女である新田秋穂を奉じ旧秋津領丘州へ転進したとのことである。
【白善花次佐に功一級雉勲章を授与】
第三帝国政府は今回の内乱において、大幹帝国防衛隊白善花次佐にその功績大として、武官の最高位勲章である功一級雉勲章を授与した。[/size]