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公方府公報 主上御謀反。正統吉備皇国名乗り帝都蹂躙す。

2014/05/26 21:04:02

[url=http://tanstafl.sakura.ne.jp/uploads/isulugi_1401105842_soukou061118.jpg][img align=left]http://tanstafl.sakura.ne.jp/uploads/thumbs/isulugi_1401105842_soukou061118.jpg[/img][/url] 532年2月9日、帝都にて突如近衛第一、第二師団が武力蜂起を行った。両師団は総統府、陸海軍省、首都警本部その他主要官庁を占拠し、事実上帝都を制圧した。足利総統閣下を初めとする主要閣僚および孝寧君太上皇婿陛下、真備宮親王殿下は辛くも帝都から津山県津山市へ落ち延びた。孝寧君太上皇婿陛下は、「いくら皇帝の身とは言え、武を以て諌臣を排し民を恣にするなど断じて許されない。よって廃帝とする。わが娘を廃帝としなければならないとは辛苦に耐えぬ限りだ。新皇帝は真備宮親王とする」と仰せられた。これにより後明日香宮皇帝陛下は廃帝となり、新五代皇帝として真備宮皇帝陛下が即位されたのである。
 また閣僚の中でも山名重明詮内務卿、新田紗代副総統は安否が判明せず、新田副総統は吉備皇国に加担、また山名内務卿は吉備皇国側に捕縛されたのではないかとされている。

 さらに2月11日には、埴輪県に駐屯する陸軍第一師団が反乱を起こし、同県を完全に隔離した。これにより帝都・埴輪の二地域が吉備皇国側の実効支配下となってしまった。
 第三帝国政府は津山県津山市に臨時大本営を設置するとともに、「先帝陛下の暴挙を御謀反とみなし、どの様な手を使っても事態を鎮圧する」と発表した。

写真:国道に展開する皇国軍装甲車

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