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石動和寧日報 【寄稿】クラーシェの強硬外交に見る中夏・水宝玉の面影他

2013/12/19 20:07:29

光龍19年(503年)クラーシェ誓約者同盟は帝政カールスラントをケーニヒスベルク大公国として版図に組み込んだことは記憶に新しいが、光龍21年(505年)8月、同国は幹国の友好国であるパルシア帝国に対し宣戦布告し、圧倒的な国力差を受けたパルシアはクラーシェへの服従を余儀なくされた。
パルシア帝国はクラーシェ11番目の領邦となったのである。
このようなクラーシェの強硬外交は477年世界赤化動乱においてスオミ王国に宣戦布告し、香麗を支援し我が国(当時の龍鮮王国)を侵略した中夏人民共和国や、レストア共和国に宣戦、これを併合し、ノイエクルス連邦・大幹帝国にフリューゲル史上最悪の侵略戦争を仕掛けた水宝玉王国(アクアマリン)の姿を思い起こさせる。
しかし、この中夏と水宝玉はその後どのような末路を辿ったであろうか?
レゴリス領ラトアーニャ州時代のクラーシェは、侵略者の水宝玉やカルト国家のシオン総主教庁を激しく批判する正義の国であると、あの大戦を生き延びた幹国民の多くが認識している。
被抑圧者・弱者の味方であった彼の国は何処へ向かおうとしているのだろうか。
(外交評論家 金在順)
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【政治】反政府デモ隊、首相官邸を襲撃。李首相負傷
クラーシェの領邦となったパルシアを巡り、世論は沸騰している。「パルシアを救援すべきである。」と主張し政府を「弱腰外交」と批判するデモ隊は京城中心の帝国議事堂・首相官邸・愛国行動党本部へ向けて行進した。
一部の過激派は暴徒と化し、議事堂へ登庁する李首相の公用車を襲撃し閣下に負傷を負わせる事件が発生した。
議政府は暴徒に対し、国家保安法を適用、機動隊を投入し強制排除した。
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龍鮮日報 第四十一号 光龍21年(505年)10月15日発行

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