2013/12/06 22:32:57
[url=http://tanstafl.sakura.ne.jp/uploads/Ventis_1386336832_05074564.jpg][img align=left]http://tanstafl.sakura.ne.jp/uploads/thumbs/Ventis_1386336832_05074564.jpg[/img][/url][b]【戦争】クラーシェ・カールスラント戦役特集[/b] アウステルリッツ王国、関東連邦公国に対する帝政カールスラントによる最後通牒に端を発し、クラーシェ誓約者同盟と帝政カールスラントの間で行われた戦争はクラーシェ誓約者同盟軍がカールスラント首都を陥落させ、各地のカールスラント帝国軍を制圧したこと、また同国首脳部の壊滅によりクラーシェ誓約者同盟の勝利で終戦しました。後継国であるケーニヒスベルク大公国の統治権を国際法に基づき獲得し、これからの施政方針が注目されます。[b]《戦争の推移》[/b] 同盟軍は大本営を首都アウセクリスに設営。第一回の戦略会議では「敵戦力の早期無力化」「秘密警察組織の制圧」を戦略目標として決定。軍を二つに分け、北方軍集団の司令官に八ヶ月戦役で活躍した若手のヨアヒム・モンドゴメリー大将を任命。南方軍集団の司令官に老練の九月鳴乱や南北戦争で活躍したフェリクス・シェーンハイト元帥を任命。
第一次作戦「カタストロフ」と第二次作戦「コンキスタ」の二回に分け、第一次作戦では北方軍集団が北部の軍事施設や秘密警察組織の施設を空爆し、カールスラント帝国軍の防空部隊によって多数の航空機が撃墜されたものの最終的に降下作戦で北部を掌握。第二次作戦では首都の強襲作戦とグナイゼナウ・レステニール両領邦に対し空爆と降下作戦を実施、火力と数で勝る同盟軍はグナイゼナウ攻囲戦で帝国軍主力を降伏させ、レステニールの戦いでカールスラント帝国の残存部隊を撃破し快進撃を続けた。
その後、同国の民主化運動が激しさを増し、両国間の停戦協議の最中カールスラント首脳部では皇帝の退位に加え、重臣の自決が相次ぎ、同国の指揮系統は混乱を極めカールスラント全域で旧帝国軍による虐殺事件が横行。このため、クラーシェ誓約者同盟は虐殺を続ける旧帝国軍残党を鎮圧し、後継国となるケーニヒスベルク大公国の成立を支援した。
[b]《国際情勢》[/b] エーラーン教皇国・AFN諸国は「信徒の被害」「民間人の殺傷」を理由にクラーシェ誓約者同盟を非難。外務省はエーラーン教皇国やAFN諸国に対し非難の声明を発表。互いに軍事介入を仄めかすなど、一時険悪な状態が続いたが、エーラーン教皇国やAFN諸国の初期対応の遅さもありこの頃には戦争の趨勢は決していた。
[b]《戦後》[/b] カールスラント全域では同盟軍の秘密警察組織の施設に対する空爆に一部民間人が巻き込まれ、死傷者が出たものの同盟軍は各地に野戦病院を設営、これの手当てと食事の配給や臨時インフラの整備、倒壊した建物の復旧活動などに従事し各地で歓迎を受けた。この結果、クラーシェ誓約者同盟に400万のカールスラント人民が移住した。またケーニヒスベルク大公国をクラーシェ誓約者同盟の10番目の領邦に加える事を選帝侯会議で決定、軍備・条約締結・国際組織の加盟のみを制限し自治権の範囲を広く設定した。 [b]【国際】ロイヤル・スキャンダル?[/b] 国内の週刊誌「セーメ・ダ・ヴェルデ」は戦中、レゴリス帝国を極秘訪問されたエリーゼ・シェルストリア陛下とレゴリス帝国総統ヴァルター・ディットリヒ氏のリゾート地での密会現場を撮影、その写真を週刊誌上に掲載しました。これについて陛下は戦後、記者会見中「交際されているのですか?」との外国人記者の問いに、認めたとも取れる曖昧な表現のみに留め、具体的なコメントを避けました。
交際が事実であった場合、クラーシェ誓約者同盟の国家元首と、レゴリス帝国の国家元首という立場だけに交際は難しく、政府関係者の間では退位を仄めかすご発言があったということから、早ければ年内にも退位されるのではないかとの見方が広まっています。