2012/01/28 1:13:55
【社会】総選挙開票の子細
フリューゲル暦392年1月16日、イスアードを巡る国際情勢の急激な変動を受けて実施された総選挙の開票が行われた。
結果は驚くべきものであった。対イスアード強硬策を主張した進歩党は議席数を大幅に伸ばし206議席を獲得、
戦争遂行をも視野に入れた同党の強硬策が国民の支持を得たことは帝国の歴史において衝撃的な事態である。
かつての植民戦争の記憶から平和主義に則った外交を展開してきた我が国において、
このような結果が出たことは時代と世代の移り変わりを如実に示したものと言えるだろう。
逆に反戦を主張した社会民主党、共産党は議席数を減らす結果となり、同党指導部が受けた衝撃は計り知れない。
開票結果は以下の通り。
進歩党 206議席
中央党 103議席
キリスト教民主同盟 100議席
社会民主党 7議席
共産党 3議席
その他 31議席
この結果により、これまで政権の中心を担った中央党はその地位を大幅に低下させ、進歩党との連立を余儀無くされると思われる。
【政治】挙国一致内閣の成立
総選挙の翌日、進歩党と中央党は連立内閣の成立に合意し、組閣が行われた。
宰相にはビューロー侯爵に代わってベートマン・ホルヴェーク侯爵が就任、外相はヤゴー氏がツィンメルマン氏に交代した。
ベートマン・ホルヴェーク宰相は議会の就任演説にて以下の声明を発した。
「イスアードを取り巻く情勢は近日中に急展開を迎えるだろう。我が国はこれに備え、挙国一致内閣を組閣する。
ノイエクルス連邦の動向は17日現在不明であるが、イスアードがかの国の要求を拒否したため、
近日中に何らかの動きを見せると思われる。我が国は戦時体制への移行準備を行い、これに備えるものである。
植民戦争以来、我が国は武力行使を慎んできたが、しかし国民はイスアードに対し懲罰を求めている。
誠に遺憾ながら、武力行使も視野に入れて我が国は今後の推移を見守ることとする。普欧の正義に神の祝福あれ。」
なお、本演説から1週間足らずの間にノイエクルス連邦は対イスアード宣戦に踏み切った。
【政治】国王カール2世陛下、退位を表明
同じく総選挙の翌日、国王カール2世陛下はラジオにて以下の声明を発し、退位を表明した。
「親愛なる国民の諸君、私はこの度の選挙の結果を非常に憂いている。私が議会政治を導入せんとしたのは、
諸君らのエネルギーが普欧の発展に不可欠であり、この国をより良い方向へ導く舵取りとなると信じたためである。
しかし、今回の選挙で諸君らが戦をも望み、普欧の未来に影を落としかねない選択をしたのは私にとって深い悲しみである。
もはや私にはこの国を導いていくだけの力は残されていない。またこれまで大権を振るうことも望まなかった。
これは私一人の力量で国を動かしても良い結果とならないだろうと考えたからだ。
私は諸君らの舵取りこそ普欧を良き方向へ導くと信じた。確かにイスアードの取った行動は国際社会に悪影響を与えただろう。
しかし、だからといって我が国が武力を振るうことが国際社会にとって良いものとなるかは別の問題である。
私は無能と呼ばれるだろうし、臆病者と呼ばれるかもしれぬ。だが、私が父のように国を導く立場にあったならば、
決して他国との戦争は行わないだろう。だが、諸君は違う道を選んだ。私は君たちを止めることはできない。
私が大権を振るえばようやく実現した議会政治は台無しとなるだろう。それだけはできないのだ。
・・・これ以上この国の先を見ることは私にとって辛いことだ。まして玉座に座ってその日を迎えるなど!
・・・私は普欧を戦争に導く政治を生み出した責任を取り退位する。後を継ぐのはあの甥だろう。
彼の方がこれからの普欧には向いているのかも知れぬ。だが、それがいつまでも続くことはないだろう。
神よ普欧を護りたまえ。我らにかかる暗雲をうち払い給え。」
なお、王位継承序列1位の皇太子殿下は咽頭ガンの末期症状を呈しており、王族担当官は即位は不可能であると述べている。
このため2位のヴィルヘルム殿下が即位すると見られる。カール2世陛下はケーニヒスベルク城にて隠遁されるとのこと。