
共和国政府は、サンサルバシオン条約機構(SSpact)への加盟手続が完了したことを発表し、これにあわせて閣僚評議会議長(首相)による談話を公表した。以下はその全文。
本日、ヴェールヌイ社会主義共和国は、サンサルバシオン条約機構(SSpact)への加盟手続を完了しました。
SSpactは、かつてヘルトジブリールと我が国が協力のもとに構想し、相互信頼と連帯を基礎として生み出された、多国間の集団安全保障の枠組みであり、別天両国及びこれと価値観を同じくする諸国が対等な立場で責任を分かち合う制度として発足したものでありました。
過去において、国連安保理による一連の対応が、共和国の主権を著しく損なう結果をもたらし、また、歴史的な政権交代を目前に控えた当時の政府が、苦渋の決断として、国連と共にSSpactからの脱退を選択した経緯があります。
しかし、その脱退は、SSpactの理念や、ヘルトジブリール、ひいては天超連邦との友好協力関係を否定するものではありませんでした。
我が国はその後も、相互尊重と協調の精神を重んじ、これらの関係を現在に至るまで大切に維持してきました。
現在、SSpactは、新洲府共和国およびロシジュア帝聖平和ドミニウムという現加盟国の責任ある努力によって支えられています。
我が国の加盟にあたり、まず両国が示してきた忍耐強い対話と協調の姿勢に対し、我が国は率直な感謝の意を表します。
我が国は現在、集団安全保障体制や諸外国との軍事同盟を有しておらず、また、軍事力によって影響力を行使する国家でもありません。
そのため、国際情勢の変化の中で、国家と人民の安全と安定をいかに確保するかは、現実的な課題であり続けてきました。
今回の加盟は、SSpactを支えるための行為であると同時に、我が国自身の安全と安定、そして人民の平穏な生活を守るための合理的かつ責任ある選択でもあります。
互いに支え合い、一国では果たし得ない責任を共同で担うこと、それによって人民の安全と尊厳を守ることこそが、集団安全保障の本質です。
SSpactには、結成以来、理念としても制度としても「盟主国は存在しない」という原則が掲げられてきました。
すべての加盟国は対等であり、いずれの国も他国に優越する立場を持ちません。
この精神は、相互対等を重んじる我が国の外交方針とも、現在に至るまで完全に一致するものです。
我が国は今後、安全保障分野にとどまらず、政治、経済、制度運用など、より広い分野において、新洲府共和国およびロシジュア帝聖平和ドミニウムとの協力を一層深め、諸国の人民の相互理解と協力とに努める考えです。
それは、SSpactを、より安定的で持続可能な枠組みとすることにもつながるものと確信しています。
この判断は、過去の決断を否定するものではなく、また、過去に立ち返るものでもありません。
国際社会が不安定さを増す中で、対立ではなく協調を選び、制度を通じて人民の安全と平穏を守るという判断です。
我が国は、SSpactの一加盟国として、条約上の義務を誠実に履行し、他の加盟国と対等な立場で協力していきます。
共和国の党と政府は、FUNを中心とする国際秩序を尊重し、世界の平和と安定、そして共和国人民の尊厳ある生活守るため、その責任を誠実に果たすことを、あらためて誓うものです。
ヴェールヌイ社会主義共和国
閣僚評議会議長 ヴァシリーサ・ヴィウチェイスカヤ
この発表に際し、政府は特別の記者会見を段取りしたわけではないが、談話発表後初となる共和国宮殿での政務運用定例報告(定例会見)において、内外の報道機関から関連質問が寄せられることが予想されていた。
宮殿の定例会見は、通常、宮殿付の政務官(報道官)が司会を務め、案件に応じて関係閣僚が説明に加わる形式で行われているが、今回はSSpact加盟という外交・安全保障上の重要案件であることから、閣僚評議会政務執行委員長(副首相)が冒頭説明を行う形で会見が始まった。
副首相は、首相談話について「本日の談話は、SSpact加盟の事実そのもの以上に、共和国のこれからの安全保障に対する考え方と国際協調の姿勢を示すものだ」と述べ、談話で示された基本方針を簡潔に補足説明した。
その後、国内外の報道機関からの質疑に応じた。
【質疑応答】
SSpactは、ヘルトジブリールの構想に応じ、共和国が条約を起草し、トルキーとの連携のもとで結成された集団安全保障の枠組みでした。今から590年以上前、641年のことです。
560年代からその時に至るまでの当時、共和国は自主防衛を基本とし、集団安全保障に与しないことで、直接関係しない外的要因によって安全が脅かされることを避ける立場を取っていましたが、SSpactへの参加は、そうした安保政策を転換する大きな決断でもありました。
今回の加盟を、当時の決断と比較したとき、政府は現在の国際環境と共和国の安全保障をどのように捉え、SSpactをどのような位置づけの枠組みとして活用していく考えでしょうか。
(ヴェールヌイ公共放送)
ご指摘のとおり、641年当時におけるSSpactへの参加は、共和国にとって、自主防衛を基本としてきた安全保障政策を見直し、集団安全保障の枠組みに加わるという大きな転換でした。
当時の我が党政府が直面していた現実として、自主防衛は理念としては明快であっても、実際に有事が生起した場合、建国から間もない共和国にとっては現実的に困難な道であるという認識があったことは否定できないものです。
当時の共和国における軍事力に割けるリソースの限界を踏まえれば、単独で安全を完結させることには限界があったというのが、当時の率直な理解であったはずです。
また当時は、共和国が新興国の段階を脱し、安定国家として国際的地位を高めつつあった時期でもありました。国際情勢や、その後に生まれてくる新興国との関係性を見据えたとき、集団安全保障へと舵を切ることが可能な時間的余地は決して大きくなく、政策転換としては、ぎりぎりのタイミングであったと評価しています。その機会を、ヘルトジブリールの構想によって比較的円滑に得ることができたことは、当時の共和国にとって重要な意味を持っていました。
一方で、今回の加盟を取り巻く背景は、当時とは性質を異にしています。
現在、共和国は国際社会において果たす役割を大きく拡大しており、その分、国際情勢の不安定化の影響を受けやすい立場にあります。
直近のルーンレシア・イスタシア紛争に見られるように、国際社会全体の緊張感は高まり、共和国を取り巻く安全保障環境は、より厳しいものとなっています。
そうした中にあって、現実的に見て、共和国の防衛体制には依然として不安要素が存在していたわけです。その中で、SSpactの安定と機能回復は、単に加盟国の安全に資するだけでなく、国際全体の安定にも寄与し得るものだと考えています。
ヘルトジブリールは現在その機能を停止していますが、将来的に回復する可能性が完全に失われたとは考えていません。
SSpactを維持し、発展させる努力を続けることは、将来のヘルトジブリール回復に備えることになり、それは我が国が果たすべき道義的責任でありましょう。
その意味で、今回の加盟は、防衛上の現実的要請と、国際的安定への貢献、そして歴史的責任の三点を踏まえた判断だと言えます。
政府としては、共和国の主体性を損なうことなく、SSpactを抑制と協調に基づく集団安全保障の枠組みとして活用していく考えです。
セニオリスクーデター事件の際、再建から間もなかった我が国が、条約機構軍の一員としてヘルトジブリールと共に宣戦布告に連名したことは、当時、国内や野党から強い非難を受けました。
共和国人民は歴史的に、積極的に軍事的役割を担い、あるいは武力行使に関与することに対して、一定の忌避感を抱いてきたはずです。
これは、ヴォルネスク紛争など、過去に共和国が誤った干渉戦争に関与したことへの反省の表れではなかったでしょうか。
さらに、その後の国連脱退は、当時の安保理の判断としては、結果的にSSpact内部の不備が大きな要因であったと整理されています。
こうした経緯を踏まえたとき、労働党政府としては、SSpactが抱えてきた本質的な課題は改善され、今回の加盟によって、同じ問題が再び繰り返されることはないと考えているのでしょうか。
(ブルースター紙)
前提として申し上げたいのは、歴史的な反省が共和国の安全保障観の一部を形づくってきたことを、政府として否定するものではありませんが、しかし同時に、共和国が安全保障の分野において国際社会に対し果たしてきた役割が限定的、あるいは消極的であらねばならない、ということではないと考えている。
共和国は黎明期において、なお発展途上国であった段階から、国際の安定に対する具体的な貢献を行ってきました。フランドル派兵においては、SLCNによる大規模侵攻を抑止し、地域の不安定化を防ぐ上で重要な役割を果たしました。その後も、途上国における治安維持や体制整備を積極的に支援し、当該国の早期安定と発展に寄与してきた実績は数多です。
こうした経緯を踏まえれば、人民が慎重であったのは、無目的な武力行使や誤った干渉に対してであり、国際の安定と秩序に資する責任ある関与までを否定してきたわけではないことは明白です。
なお、念の為に申し添えておきますが、セニオリスクーデターに対するSSpactの段階的対応と、その後の鎮圧行動は完全に適正なものであり、当時から現在に至るまでその評価に変更はありません。
次に国連についてですが、これについては、ご指摘とは異なる、正しい整理が既になされている。制度的な対応として整備されたのが、いわゆる安保理における当事国招致の制度であり、この制度は創設以来、積極的に運用され、いまや欠かすことのできないものとして共有されている。その成果は周知の事実であって、問題は完全に解決済みであります。
以上を踏まえれば、ご質問で示された問題意識については、事実関係や制度の現状を十分に反映したものとは言い難いと言わざるを得ません。以上です。
花国内の有識者によれば、BCAT内部において、別国は花国を軽視する姿勢が見られるという話が出ています。
貴国のSSPact加盟が、この「花国軽視」を強めるのではないかと危惧するのですが、どのようにお考えでしょうか?
(カバーニャ紙)
まず申し上げたいのは、ラ・フローリド共和国は、我が国にとって、極めて密接な関わりを持つ重要なパートナーであり、その建国から現在に至るまで、一貫して友好と協力の関係を築いてきた国であり、この認識は揺るぎないものとして両国間で共有されています。
我が国として、花国のみならず、特定の国や地域を「軽視する」という考え方を持っておりません。
また今回のSSpact加盟が、BCATにおける関係や、特定の国に対する扱いに変化を生じさせることもありえないことです。
我が国には『それぞれの畑には、それぞれの実りがある(Кожнае поле мае свой плён)』という言葉があります。
同じ国が複数の枠組みに関与していたとしても、それぞれの制度が生み出す成果は異なり、SSpactにおける動きが、BCATにおいて国の価値や発言力を左右するという関係にはないということです。
先般のルーンレシア・レゲロとセニオリス・イスタシア間の戦争において、SSPactは事実上事態を静観し、その所属する同盟理事国自身が強制敗戦に追い込まれるに至るまで、事態の収拾のために何ら対外的なアクションを行いませんでした。
閣僚評議会議長閣下は、談話においてSSPactを「相互信頼と連帯を基礎として生み出された集団安全保障の枠組み」であると述べましたが、先般の事態はSSPactがそのような枠組みとして機能しているかどうかについて疑義を投げかけるに十分なものです。
ヴェールヌイ政府は、先般の、最終的にその所属する同盟理事国が強制敗戦に追い込まれた戦争に関して、SSPactにどのような責任があるか、あるいはどのような責任を持たないとお考えでしょうか。また、先般の戦争が事実上終結した後にSSPactに加盟するヴェールヌイは、それらの責任のどの部分を引き受ける意思を有しておられるのでしょうか。
(URC-記者共同連合)
SSpactが、いわゆる軍事同盟であるという性質上、すべてのケースについて事前に行動の可否を明示することは、現実的に困難であろうと考えます。
もっとも、先般の時点においては、国連安保理における多数意見が形成されており、それを反映した共同声明も発出されていました。そうした国際的な状況に照らせば、セニオリスが、あるいは条約委員会が、関係国に対し、一定の予測可能性を提供する努力を行う余地はあったと考えています。
しかし、既に戦争は終結し、現実としてセニオリスは失われてしまいました。過去に遡り、あの時点で具体的に何をすべきであったかという、いわゆる仮定の話はできません。
政府としては、結果を結果として受け止めた上で、今ここに一加盟国としてその責任を全うするにあたっては、同盟国が安全保障上の懸念を有した場合に、それを放置しないということに尽きるのではないかと考えます。懸念が生じた段階で速やかに協議を行い、政治的・制度的な手段を含め、あらゆる努力を尽くすことでしょう。
危機が生じた際に、予測可能性と対話の回路を確保するための制度として機能させることに、積極的に関与していく考えです。
いわゆる「先制的自衛権」事件の後、リブル民主共和国の「腐敗同盟」報道にあったように、SSPactの陣営―FUNに対する同盟理事国派遣陣営―としての地位に対して疑義を呈する意見が存在するようになっていることは周知の通りであります。
ヴェールヌイ政府ははSSPactに対して呈されているこのような懸念に対してどのように回答していくものであるか、あるいはそのような懸念自体をそもそも妥当な懸念ではないとの認識を表明されるものであるかお伺いしたく思います。
(URC-記者共同連合)
ご指摘の談話については承知していますが、特定国が過去のある時点において示した見解表明について、ここで論評することは適切ではありません。
個別の表現や評価に応酬するのではなく、制度がどのような原則と手続に基づいて運用されているのかを率直に捉え、改善が必要であれば、それに向き合い、関係国と協力していくことが肝要であると考えます。
ヴェールヌイがSSPactとBCATの両方に籍を置き、そしてそれがBCAT加盟国に対するヴェールヌイの態度の変化を全く意味しないのであれば、SSPactの今後の活動は、BCAT加盟国の利益に対して整合的であることが求められていくことは間違いないものと思います。
これは、SSPactが今後BCATと強力な協力関係を築いていくことを示唆するものであると言えるでしょう。
WTCOとSLCNがそれぞれ経済協力・安全保障協力の異なる機能を有する組織でありながら単一の陣営として機能しているように、BCATとSSPactも「一台の車の異なる車輪」として機能していくとヴェールヌイ政府としては想定されているものでしょうか。
(URC-記者共同連合)
我が国がSSpactとBCATの双方に加盟している以上、我が国自身の行動が、いずれか一方の加盟国の利益と不整合を起こすべきではなく、両枠組みにおいて一貫した姿勢を保つ責任があることはその通りです。
もっとも、これは我が国、SSpact、BCATに特有の考え方ではありません。多くの国際組織の形成条約においても、「当該条約の目的に反する条約を結ばない」という趣旨の規定が置かれており、加盟国が自らの行動の整合性に責任を負うことは、国際協力における一般的な原則です。
その上で申し上げますが、SSpactの今後の活動方針や具体的な行動を、我が国が決定する立場にあるわけではありません。SSpactは、加盟国全体の合意と条約に基づいて運用される組織であり、その意思決定は、我が国一国の判断によって左右されるものではありません。
したがって、我が国が双方に加盟しているという一点のみをもって、SSpactとBCATを「一台の車」として束ねて扱うことは不可能です。両組織は、それぞれ独立した条約と意思決定構造を有しており、加盟国の一つがそれらを統合的に運用する余地はありません。言うまでもなく、我が国はいずれの枠組みにおいても、優越した意思決定権を有する立場にはなく、また、いかなる国による専横も制度上許されるべきではないと考えていますし、そのような事は現実に不可能です。我が国は、あくまで一加盟国として、各条約が定める目的と原則を尊重し、その範囲内で自らの行動の整合性を確保しつつ、加盟国と協力して、その責任を果たしていく立場にあります。
また、異なる目的と条約に基づく複数の枠組みについて、一つの国家がそれぞれを批准しているからといって、それらが一体として扱われることは、国際実務上、通常想定されません。WTCO-SLCNが国連憲章上の取り扱いにおいて特異なものであることは、特定の歴史的経緯と制度設計の下で形成されたものであり、国際組織一般に当てはまる原則ではありません。
現時点において確認できる事実は、我が国がSSpactへの加盟を希望するにあたり、BCATの加盟国政府理事会がこれに異議を唱えておらず、またSSpactの条約委員会が加盟申請を受理した、という点に尽きます。
もちろん、将来において、両組織がそれぞれの制度的枠組みを尊重した上で、可能な範囲で友好協力関係を築いていくことがあり得るとは考えられます。その際、我が国が両者の間で一定の役割を果たし得る場面が生じる可能性はあるかもしれません。
しかしながら、現時点において、政府はそのような具体的構想を有しておりません。
副首相閣下、数点伺います。
まず、今般の加盟は、ヴェールヌイ政府が希望したものという認識でお間違いないでしょうか。
次に、現SSPact加盟国たる、新洲府及び超天連邦あるいはロシジュア代表の受け止めは、それぞれどのようなものでしたか。
最後に、加盟にあたってのご苦労や率直なご感想ありましたらお願い致します。
(イヴァングラート通信社)
まず一点目ですが、今回の加盟は、共和国政府の主体的な判断と希望に基づくものであり、その認識で差し支えありません。
次に、現加盟国である新洲府共和国およびロシジュア帝聖平和ドミニウムの受け止めについてですが、個別のやり取りの詳細に立ち入ることは控えますが、両国とも、我が国の判断を冷静かつ建設的に受け止めていただきました。それにより実りある対話を重ねることができ、加盟を実現することができたということです。
加盟にあたっての苦労や感想について申し上げれば、最も重かったのは、過去の経緯と現在の責任とをどのように整合させるか、という点でした。我が国はかつてSSpactを離れており、その判断には当時なりの理由と背景がありました。今回の加盟は、その過去を否定したり、修正しようとするものではありません。現在の国際環境の中で、我が国がどのような形で国際的責任を果たすことが最も妥当であるのかを、あらためて考え抜いた結果です。
この判断は、我が国にとってはもちろんのこと、現加盟国である新洲府およびロシジュアにとっても、決して容易なものではなかったと思います。我が国としては、自らがSSpactに対して信頼を回復させなければならない立場にあるという現実を率直に受け止め、これを繕うことなく直視した上で、対話に臨んでまいりました。
その対話を重ねる中で、こうした枠組みとは、立場や対立を固定化するためのものではなく、変化する現実に対応しながら、相互の信頼を積み重ねていくための枠組みであるという事を、あらためて確認する機会ともなりました。
今後も加盟国との関係を丁寧に育て、国際協調と安定に資するよう、誠実に努力していく考えです。
今回、ヴェールヌイはBCAT同盟理事国であると同時に同盟理事国輩出陣営であるSSPactの正規加盟国ともなったわけですが、これは史上初のことであったかと存じます(他陣営同盟理事国兼SSPact-OS、あるいは複数の同盟理事国輩出陣営に加盟する一般理事国といった事例はある)。
また、そもそも安保理同盟理事国とはなにか、なにを代表しているのかというような問題自体が、ヴェールヌイの国連脱退時にも論争の的となっていたかと思います。
そのあたりを含め、今回、ヴェールヌイ当局としては同盟理事国をどのようなものと捉えているのかについてお尋ねしたいのですが、いかがでしょうか。
(国際ニュースネット)
ご質問のとおり、同盟理事国の地位にある国家が、別の同盟理事国輩出枠組みに正規加盟するという配置は、これまで明示的には現れてこなかったものです。ただし、これは既存の枠組みの外に出る例外的な事象というよりも、既存の制度が許容する範囲の中で、初めて顕在化した配置であると理解しています。
重要なのは、この配置が恒久的に固定されるものではないという点です。
同盟理事国の指名は、各枠組みの判断と国際情勢に応じて変化し得るものであり、将来において我が国が同盟理事国でなくなる可能性も当然に想定されます。同様に、現在複数の同盟理事国輩出枠組みに関与している国が、将来いずれかの枠組みにおいて同盟理事国に指名される可能性もまた然りです。
続いて、同盟理事国はどのようなものか、何を代表しているか、という点に回答いたします。
まず一般論として申し上げれば、同盟理事国とは、安全保障理事会という国連の枢要な枠組みを、責任をもって円滑に運営し、国際社会が直面する課題を解決していくための、議論と決定を司る構成国であると捉えています。
そして、そのような重大な役割をどの国に担わせるのかについては、国際社会を構成する各枠組みが、それぞれの判断と責任において指名するという制度であると理解します。
したがって、同盟理事国とは、優越的地位を付与される存在ではなく、国際社会から一定期間、拒否権を含む特定の責任を付託される役割です。その責任の重さゆえに、同盟理事国には、制度の趣旨を踏まえた慎重な行動が求められる、ということになりましょう。
また、同盟理事国は、その国を指名した枠組みの総意を、常に一括して代弁する存在であるとは考えていません。実際には、各枠組みの内部には多様な立場や意見が存在し得るのであり、同盟理事国は、それらを踏まえつつ、条約の趣旨や合意された原則から過度に逸脱しない範囲で、責任ある判断と説明を行う立場にあるものと捉えています。この考え方は、現在の我が党・政府に限らず、過去から一貫して共和国が示してきた立場です。
もっとも、共和国の国連脱退における論点の一つがまさしくそうであったように、同盟理事国は同盟の総意を常に代表していると解すべきだ、といったような立場が存在することも承知しています。
したがって現実には、同盟理事国の性格については一つの解釈に収斂しているわけではない、ということになろうかと思いますが、いずれにしても、同盟理事国という地位を影響力や優越性を誇示するものとしてではなく、より重い説明責任と自制を伴う役割として捉え、誤解や過度な一般化を招かぬよう、慎重かつ誠実にその責務を果たしていくことが肝要であろうと考えます。
SSPactにおいては、ある種特徴的な制度として、オブザーバー制度というものもありますが、今回、ヴェールヌイ加盟においてオブザーバー国が話題に上がることはなかったかと思います。
また、ヘルトジブリールが活発に活動していた往時のことを思えば、今回に限らず、オブザーバー国の意味というのが近年では薄れているようにも感じられます。
この点、SSPactに再加盟した立場として、SSPact-OSをどのような位置づけのものとして考えているのでしょうか。
(国際ニュースネット)
我が国はSSpactに加盟したばかりであり、オブザーバー国との関与については、これから本格的に向き合っていく段階にあります。この場において、我が国がOS制度全体について評価や方向性を示す立場にあるとは考えていません。
貴方から見て、「オブザーバー国の意味が薄れている」と映るのは、制度そのものが形骸化したためなのでしょうか。それとも、ヘルトジブリールが活発に活動していた時代と比べ、他の加盟国によるOS国への関与の在り方が変化した結果、制度の現れ方が変わったのか…。
いずれにせよ、仮にそうであるならば、制度が果たす役割が、時代や状況に応じて変容している可能性を考えるべきなのでしょう。
集団安全保障の枠組みが直面する課題や、関与の深度が変化すれば、OS国の存在感の示され方が異なることは、十分にありえるのではないかと想像します。
どのように分析されているのか、興味のあるところですので、よろしければ後ほどでも構いませんからお聞かせいただければと思います。
ラ・ヴォワ・デュ・プープル(『我らロムレー人民』機関紙)のルシエンテスです。
その昔、カルセドニーのネーナ外交委員長(当時)の記者会見では、カルセドニーの民間紙記者やフリー記者といった方々もいらっしゃり、「1人自主管理組織」というものがあるのだと伺いまして、カルセドニーの委員会社会主義とはどういったものであるかの一端を目にしました。
一方、ヴェールヌイは純粋社会主義を掲げており、それは他国の社会主義との類似性より独自性を誇るタイプのものであるかと拝察しますが、この記者会見場でもヴェールヌイ人記者というものはブルースター紙のみが見受けられます。
ここには、経済的自由や生産手段の私有と社会主義の関係といった、古典的でありながら今なお考えるべき課題に対して、個々の社会主義国あるいは社会主義者の出した回答があるのであって、もちろんそれがどちらが優れているとかそういった問題ではないのは当然かとは思います。
ところで、先般の戦争、ロムレーで膾炙している表現では「1233年戦争」では、イスタシア臨時政府のレゲロ社会主義に対する反発がイスタシア側の作戦目標の決定にも影響したようですし、それに続いてフリューゲル史に残る古き社会主義の大国ヘルトジブリールの滅亡、そして社会主義と名指しできるかはともかくとして「急進的超越」の名のもとに社会主義的政策を採用していたセニオリスの破滅などもあり、13世紀前半の外交的変動のなかで、改めて社会主義とは何かについて考える機会が来ているようにも思われます。
今回、元をたどれば「社会主義相互援助条約」であったSSPactに加盟するにあたって、ヴェールヌイとして、13世紀前半現在のヴェールヌイとフリューゲルにおける社会主義について、どのようなご意見をお持ちでしょうか。
(ラ・ヴォワ・デュ・プープル-ルシエンテス記者)
純粋社会主義は、単に他国の社会主義の類型を模倣するものではなく、共和国の人民と社会の発展のために選択し、制度化してきた、我が地域に根ざす独自の体制です。
580年代に実施された新憲法は、社会主義統制経済の永続を謳い、人民主権と基本的人権を同時に保障するという理念を明文化するものであり、これは単なる経済システムの規定ではなく、社会のあり方そのものを定める、侵すことのできない国家基盤です。
こうした背景から、たとえば例に挙げられた報道については、これは理念に根差した制度選択の結果であり、自由や多様性を否定するものではありません。
国内報道機関として「ヴェールヌイ公共放送」と「ブルースター紙」が出席していることについては、制度的な位置づけから説明が必要です。
共和国において、報道は「市場に委ねられた表現活動」ではなく、社会的責任を伴う公共機能です。そのため、報道機関は無秩序に存在するのではなく、制度上、国家企業としての報道と、人民企業としての報道という二つの系統に整理されています。
公共放送は国家企業です。国家企業とは、国家がその存立と運営に直接責任を負い、公共性・継続性・普遍性を確保するための制度的器です。公共放送に求められているのは、政府の意向を代弁することではなく、国家として確定した政策、国際情勢、制度上の判断を、人民全体に対して安定的かつ網羅的に伝達することです。したがって、公共放送は、報道の自由を否定されているのではなく、むしろ「公共性に対する責任」を強く課されている存在です。
一方、ブルースターは人民企業です。人民企業とは、省庁の所管に属するものの、国家が直接運営するのではなく、人民的基盤を持ち、自主管理の下で活動する主体です。報道分野における人民企業の意義は、国家企業では拾いきれない問い、視点、論点を提示することにあります。
ブルースターは、外交・安全保障といった分野について、長年にわたり国内外で継続的な取材と分析を行ってきた実績を有しており、その蓄積に基づいて、企業組織自らの意思で、本日の場に参加しています。
重要なのは、公共放送とブルースターが「上下」や「対立」の関係にあるのではないという点です。
国家企業と人民企業は、互いに補完関係にあります。
公共放送は、制度的事実と国家としての説明責任を担うと同時に、社会の基礎的インフラとして、人民が一定の教養と共通の前提のもとで、国内外の出来事についてフラットに情報に触れ、理解し、考えることができる環境を保障する役割を負っています。すなわち、人民が「知る」ための土台を、国家の責任として安定的に提供する存在です。
これに対し、人民企業である報道機関は、その基盤の上に立ち、政策や制度、国家の判断に対して問いを発し、検証を行い、異なる角度からの問題提起を行う役割を担います。この二つが同時に存在することで、報道は公共性と多角性の双方を保ち、報道空間全体の安定が確保されるのです。
(この説明の途中、ブルースター紙記者から「であれば放映・放送の権利についても、国家は人民企業に開くべきではないか!」との不規則発言があったが、司会者により程なく制せられた。)
「記者の数」や「媒体の数」がそのまま言論の自由度を示すわけではなく、私達の制度は、多数の小規模媒体を競争させることで多様性を生むモデルではありません。
むしろ、責任主体が明確な報道機関に、責任ある発言の場を与えることによって、言論の質と公共性を担保する設計です。その意味で、本日の会見において公共放送とブルースターが出席していることは、制度的にも自然な帰結であり、公共性と自律性の両立に対する、我々の回答が、この場に表れているとご理解いただければと思います。
さて、フリューゲルにおける社会主義というテーマは、共和国の建国とも深く関わる重大な問題である一方、その評価や位置づけには慎重さを要する、極めて難しい問いであると受け止めています。
過去、そして近年における社会主義国家の変動が示すように、社会主義という概念は、時代や地域によって多様な解釈がなされてきました。そして、その解釈の差異が、しばしばイデオロギー対立の呼び水となり、その帰結として、戦争行為に強い影響を及ぼす事象が生じてきたことについては、ご指摘のとおりであると認識しています。
一方で、我が共和国の歴史は、他国との共存や柔軟な関与を志向してきた軌跡でもあります。建国初期から、資本主義諸国との平和共存を積極的に掲げ、人道的対応を通じた難民支援などの実践を行ってきたことは、その一例です。
これは、純粋社会主義が、理念の真価を制度の形そのものに求めるのではなく、人民の生活をいかに豊かにしつつ、同時に公共性を同じ水準で守り得ているかという、その実践と結果にこそ価値を見出してきたからにほかなりません。
もっとも、共和国のそのようなあり様に対して、過去には、社会主義を標榜する他国から「社会主義を騙るブルジョワ官僚国家」と評されたこともありました。このような背景を踏まえると、「社会主義とは何か」という問いに対して、単一の正解を提示することがいかに困難であるかは、容易に理解されるところでしょう。
また、フリューゲルにおける社会主義「国」を語るうえで、カルセドニー社会主義共和国およびヘルトジブリール社会主義共和国という、社会主義2大国に言及しないわけにはいきません。
両国が近代フリューゲル世界に及ぼした影響は、政治・外交・軍事・国際制度の各側面において、計り知れないものがありました。しかし、その影響の多くは、社会主義という理念や、その内実としての社会主義的実践そのものから直接導かれたものではなかったと、我々は認識しています。
両国が示した存在感や影響力は、むしろ歴史的条件、国力、制度運用能力、そして国際秩序形成における主導的役割といった要素によって支えられていた側面が大きく、社会主義であったことそれ自体が、他国に同様の影響を及ぼすための十分条件であったとは言い難いでしょう。
このことは、社会主義という概念が、国家の影響力や国際的役割を自動的に規定するものではなく、理念と現実のあいだには常に距離が存在するという事実を示しています。すなわち、社会主義を掲げることそれ自体よりも、いかなる制度を構築し、どのように運用し、人民の生活を豊かにしつつ、公共性・秩序を維持してきたかという点こそが、国家の評価と影響を形づくるということです。
我々が純粋社会主義を掲げるにあたって重視してきたのも、まさにこの点であり、特定の大国の歴史的成功や失敗をもって理念の優劣を測るのではなく、権力や国威、体制競争といった外在的要素から社会主義を切り離し、その本来の目的に立ち返って、実践の問題として捉え直す姿勢にあります。
この文脈において、SSpactが672年の条約改正において条約本文から「社会主義」の文言を削除し、さらに893年には条約名称そのものを改めたことは、当時の国際情勢と機構の現状とに照らした現実的な要請であった一方、その背景には、フリューゲル世界全体が成熟し、理念と実践との均衡が一定の水準に達し、特にイデオロギーの分野においては、相応に安定した状況が形成されていたという事情があったのではないでしょうか。
社会主義と資本主義、多様な君主制のあり方と共和的原理。これらの理念のいずれかを絶対視するのではなく、理念と実践のあいだで責任と均衡を取り続ける態度こそが、フリューゲル世界における責任ある国家のあり様であると、我々は考えます。