リント第九区域、地下四階。情報局中央管制室の灯りは昼夜を問わず落ちることがない。24時間稼働の暗号解読班、内部セキュリティ監査班、世論対策班が静かに、確実に動いていた。
「 選挙操作疑惑――警察が独自に調査を開始した。」端末に表示されたのは、第六集団の暗号化通信ログの断片。第三集団副長は、眼鏡越しにそれを見て即座に判断を下した。
「時間を稼げ。調査の対象を一点に集中させ、別件として処理させろ」操作は即座に実行された。一名の中堅捜査官に関する過去の交友関係を“再評価”し、非公開リストに登録。匿名の密告が自動生成され、腐敗警官との関係が疑われるという報告が警察監査部へ送られた。
「警察が調査をする部署と言えば……リント第二局長はあちら側か?」「今のところは。ただし、妻の親戚が選挙候補者の資金団体に関係しています」「そこを使う。圧力をかけるんじゃない、手間を増やせ。無力感で沈める方が早い」
情報局の任務は“真実の確保”ではない。秩序の定義を維持すること。そしてその定義とは、「皇帝陛下が望まれていると聞かされている体制」の安定だ。
警察は外部機関ではない。だが、内部機関とも言えない。それゆえに油断できない。独自判断、使命感、正義感――そうした情緒的行動が、時に国家を揺るがす。だから、必要なのは感情ではなく「手続き」と「規律」の再調整だった。
「 政党別ファイル更新:保守党―安定ライン、帝冠党―接触完了、帝国戦線―動きなし、自由党―監視不要、社民―脅威度:低」
「保守党は制御範囲内。帝冠党は接触済み。問題は社会への暴露だ。内部告発者の出処を突き止めろ」
「今判明しているのはS-4−15ですね。追跡中ですが、海外を三度経由しています」「海外か……では、無傷では済まないな。対応候補は?」担当官は躊躇なく答えた。「三名。うち二名は既に監視を実行中。残りの一名には再配置を進行中です」第三集団副長は小さく頷いた。「この国は、意見の自由を守っている。それが見えている場所でというだけの話だ」選挙は終わった。勝者は表の名前で知られている。だが、勝者にしてやった者達は未だに名も知られず動いている。