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建国200周年式典がノウム・ラティウムにて挙行される / 国連大使にユリウス・ヴェッレイウス・アクィリヌス氏を指名

建国200周年式典がノウム・ラティウムにて挙行される

1182年11月11日、ノウム・ラティウムの壮麗なる広場に、セリティヌム連邦の建国二百周年を寿ぐ喧騒が鳴り響いた。式典の幕開けを告げる軍楽隊の響きは、遠く連邦各地まで伝わり、喜びと畏敬の情を呼び起こしたという。

(以下順不同、記念式典に参加された各国首脳、閣僚の一覧)

レゴリス帝国
レティシア・エルヴェシウス総統閣下
レオノール・ダングルベール外務大臣閣下
アーデルハイト・ベレスフォード大使閣下(駐箚セリティヌム連邦共和政特命全権大使)
ローザリンデ・ベレスフォード前総統閣下

カルセドニー社会主義共和国
クルネ・カーネリアン社会主義評議会議長閣下
ネーナ・アメシスト外交委員長閣下

ヴェールヌイ社会主義共和国
ヴァシリーサ・ヴィウチェイスカヤ閣僚評議会議長閣下

ヘルトジブリール社会主義共和国
レイラ・ローレライ国家評議会議長閣下

ロシジュア帝聖平和ドミニウム
ヴェロニカ・エタニティーナ中務ソシアート代表閣下

ロムレー湖畔共和国
ナディーヌ・マチルド・イシャール中央議会議長閣下

神聖ガトーヴィチ帝国
アリェーニ・アリェーゴヴィチ・アブラザヴァーニエフ為政院総理大臣閣下

ラ・フローリド共和国
リリアナ・バルベルデ大統領閣下
エステバン・カリーヨ閣僚評議院議長閣下

アレクシス・ルーンレシア帝国
シェーラ・アレクシス皇后陛下(外務長官)

リブル民主共和国
王智生国務総理閣下

セニオリス連邦
アナ・ゴトヴァツ大統領閣下

トータエ社会主義共和国
ジョーセフ・カリヌニコフ外務大臣閣下

 200年前、この地に芽吹いたセリティヌム共和政は、幾多の改革と波乱を経ながらも、連邦制へと移行し、多彩なる思想を内包する国へと発展した。現在では総兵力135万人を超える軍事力と、連邦を護る複数の衛星群を擁し、経済面でも多くの企業が高い収益を維持している。しかしながら、市民の間からは「目に見える進展が乏しい」という声も少なくない。その安定を誇るがゆえの停滞感は、この記念すべき200年目に、不穏な影を落としている。

 現在のセリティヌム連邦は、ハチミツの滅亡による一時的な混乱こそあったものの、一定の自給自足を可能とする資源と堅調な企業活動によって、依然として豊かな経済水準を維持している。巨額の軍事予算によって配備された衛星群とイレギュラーが日々軌道上を周回し、連邦の安全保障を支えている事実は、連邦市民に安心感と誇りをもたらしている。しかし、連邦軍の兵力はすでに135万人を超え、現政権が掲げるさらなる軍拡は市民生活に影を落としかねない。表立った不満が少ない一方で、変化のなさがもたらす倦怠感や惰性への警戒が静かに膨らみつつあるといえるだろう。
 外交面では、フリューゲル国際連合安全保障理事会の一般理事国を得たものの、拒否権を行使できる同盟理事国とのパワーバランスには依然大きな差がある。各理事国との調整を要しながらも、エーゲ事変に関連した対ルクスマグナ制裁や共同決議案提出といった役割を果たしてきたが、拒否権の壁に阻まれ、本質的な影響力行使は限定的であったのが実情だ。歴代政権は「国連の協調路線」を掲げ続けてきたが、新たに就任したユリウス・ヴェッレイウス・アクィリヌス国連大使をはじめとする対陣営外交論者主導への外交方針転換は、これまで築いてきた均衡を大きく揺るがす可能性がある。政府は依然として国連の場では一定の役割を果たしたい意向を口にするが、同時に利害に則した外交の兆しも見えはじめている。
 カルーガ条約機構加盟国との関係は冷えきっており、ベルクマリ包括的協力機構とも普蘭合衆国の消滅後は雪解けの兆しもあるが、積極的な接近を果たしたとまでは言い難い。いまや両陣営ともに国際社会の主要陣営ともいえる陣営になり、特にカルーガ条約機構の台頭によりセリティヌムの安全保障環境は悪化する一方である以上、何等かの一手が必要であることは間違いないだろう。実際、A/RES/4/1問題を機に大使人事を刷新し、従来の国連との協調路線に一線を画する人材を登用したことが、その証左だとする識者もいる。今後、内政の安定を揺るがさない範囲で、独自の外交スタンスを模索していくのだろう。

 内政面でも変化を厭う民意が反映されている。オリフィア・クリュサノス新執政官の選挙人民君主制や更なる軍拡を掲げるその姿勢は、ラテン主義の高まりに呼応した民意の一部を確かに掴んでいるともいえるのだろう。一方で、同じ古典復刻会議の中でも形而上学派は強く反発しており、ラテラノ派は議会制重視の合議制を模索する彼らとの衝突が不可避な情勢にある。穏健路線を護り抜いたコルネリア執政官の退任により、派閥対立は一気に活性化した。かねてより安定を重視してきた路線を継承するのか、あるいはラテン主義に傾斜するのか——この二百周年は政治の分岐点となった。

「二百周年式典は、ただ過去を振り返るための祝賀行事ではなかった」と、多くの政治評論家が口を揃える。式典の最終日、筆者が特に印象に残ったオリフィア・クリュサノス連邦執政官の演説の一節を引用する。
「今後百年の航路こそ、我々は自らの意志で切り拓かねばなりません。連邦の旗が揺らぎ、その名が曇ることをよしとする者がいるのなら、我々は毅然と立ち向かうのみです」

 300周年を迎えるとき、果たしてこの国はどのような姿を示しているのか。穏健路線の再興か、あるいは選挙人民君主制の確立とともにかつての帝国の旗が掲げられるのか。それとも全く新しい勢力が台頭するのか。筆者を含め、誰もがその行く末を見定めようとしている。式典はおおむね成功したといえるが、クリュサノス連邦執政官の手腕が試されるのは、式典の後からである。

国連大使人事、決着――ユリウス・ヴェッレイウス・アクィリヌス氏を指名

 連邦外務委員会にて、セリティヌム連邦の国連大使人事に関する公式発表がなされた。新たに国連大使の任を受けるのは、これまで軍務委員会や外務委員会の周辺で「対陣営外交」の必要性を力説してきたユリウス・ヴェッレイウス・アクィリヌス氏である。この人事は単なる大使の交替という枠を超え、セリティヌムの外交方針そのものを根底から変えようとする政治的シグナルと見られている。
 かつて、セリティヌムはフリューゲル国際連合安全保障理事会で一般理事国の座を獲得し、A/RES/4/1を国際秩序の一つの基盤とみなし、国連と協調的な立場をとり続けてきた。もう一人の大使候補であったクラウディア・アエミリア・ルピカ氏は、その路線を象徴する人物であったが、A/RES/4/1問題以後は彼女の外交手腕は「もはや時代に合わない」とする声がラテラノ派を中心に与党内で強まっていた。「消極的な国連依存を改め、明確な陣営政策へと踏み出すべきだ」とラテラノ派をはじめとする強硬論者たちが声高に主張する中、クラウディア・アエミリア・ルピカ氏は退けられ、アクィリヌス国連大使の就任が決定した。
 今回の人事では、ナータリス派や形而上学派を中心とする与党の一部や野党は今回の人事を「権威主義的方向への明白なシフト」と批判する声が上がっている。一方、ラテラノ派は「選挙人民君主制」や「軍拡路線」を否定する反対勢力こそが、国力の制限を招く元凶と非難。国連大使という外交最前線の要職をラテラノ派寄りの人物で固めることは、穏健派のナータリス派や形而上学派の影響力を排除する狙いがあると見られている。
 アクィリヌス国連大使は就任記者会見で早速「理事国自薦に関して関係国と協議し熟慮する」と発言しており、これが意味するものについて波紋を呼んでいる。今後の対国連外交からは目を離しがたいものがある。

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