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ヴェールヌイ社会主義共和国

国名ヴェールヌイ社会主義共和国
Социалисти́ческая Респу́блика Верный
国旗
国章
標語信頼・平和
国歌民衆の歌
国花フラックス(亜麻)
首都サンサルバシオン
最大都市ウミェールイ
元首ヴァシリーサ・ヴィウチェイスカヤ首相(1028年1月~)
政体社会主義共和制

概要

564年7月に建国された社会主義共和制国家。
現存する単独の主権国家としては最古の社会主義国である。
国際指数上の先進国であり、国民幸福度が全先進国の中で最も高い。

純粋社会主義(外部記事)という独自の社会主義思想を形成しており、あらゆる分野にその影響が見られる。
政治経済、統治機構のあり方についてイデオロギー色が強く、思想教育や統制が徹底される一方で、生活様式は開放的なものであり、一定水準の自由権が保たれている事から、閉鎖的ではあるものの、抑圧的な社会とは趣を異にしている。

国際友好音楽祭国際スポーツ大会を(実体がある形で)企画運営するなど、国際交流、芸術文化振興を推進していることでも知られる。

590年代から690年代後半まで、政治・社会・経済的な安定度で世界随一を誇っていた。
700年台に入り、政治における硬直化、国内経済の衰退と貿易不均衡化が進み、時のガトーヴィチに端を発する民族主義の高まりを抑制できなかった結果、ヴォルネスク独立戦争への介入を経て、839年9月に国家機能が停止した。
1世紀弱の停止期間の後、937年11月に再建復興を声明、国家機能を回復させ、経済的に安定した中小規模商農国として、先進国の一角を占めている。

国名

正式名称はヴェールヌイ語でСоциалисти́ческая Респу́блика Верный
公式の英語表記はSocialist Republic of Verniyで国コードはSRV。
外国の報道などで「別」「別府」「別国」等と漢字表記されることもある。

ヴェールヌイは「忠実な」「誠実な」という意味を持つ。
地名や民族に由来しない国名であり、直訳すれば「忠実な社会主義共和国」となる。よって国内において自国を指しヴェールヌイと呼称することは無く、単に共和国と呼ぶ事が多い。
この国号は純粋社会主義思想における統制と民主主義の考え方に依拠したものであり、既存社会主義(国)と比較して「社会主義の基本原則を忠実に実践する意思」を誇示する事を念頭に制定されている。

固有の地域名としてはベルーサ(Веру́са – Verusa)があり、600年代以降、民族的・文化的な観点から用いられる機会が増えている。例えば、『ヴェールヌイ』は固有名詞ではないため、『ヴェールヌイ人』『ヴェールヌイ語』といった表現の代わりに、『ベルーサ人』『ベルーサ語』という用語が使用されるようになっている。
ベルーサの語源は定かではないが、『白い者』を意味する ベルーガ(Белуга – Beluga) が訛ったものとする説がある。

国旗

社会主義や共産主義を象徴する色として一般的に用いられる赤が使われていないのが特徴である。これは、多くの社会主義・共産主義国家が大衆を抑圧してきた歴史を踏まえ、ヴェールヌイが旧来の社会主義国家とは異なることを端的に示している。旗の比率は3:5である。
上下のパウダーブルーは空と海、国の自然と惑星フリューゲルに対する敬意、中央のやや青みがかった白は信頼・平和・潔白性、鎌と槌及び星のピンクゴールドは「富み栄える独立した社会主義国」を表しているとされる。

掲揚された共和国旗
青地に金の意匠は純粋社会主義の象徴でもある

パウダーブルーは、国花である「亜麻」の花色に由来しており、パステルカラーを全面的に採用した世界的にも珍しい国旗となっている。その結果、野外に掲揚された場合には色褪せが目立ちやすく、また海上においては視認性が低いという欠点がある。
現在では、正規の色を正確に再現できていない旗や、視認性を考慮して意図的に濃く彩色された旗が出回っているが、これらは一定の範囲で許容されている。

国歌

「民衆の歌」
建国に向けた地域統合運動の中で歌われ広まったものであり、建国一ヶ月後の564年8月に正式に国歌として制定された。
歌詞は、封建的・絶対主義的国家体制に反対し団結して戦う民衆を表現した市民革命賛歌となっている。
元は地球の歌劇に用いられた楽曲のひとつであるらしい。

国花

国花である「亜麻」は、茎を繊維として加工して織物に用いたり、種子から抽出される油を食用や塗料として利用したりするなど、地域文化と深く結びついており、古来より現在に至るまで広く生産されている。
春から夏にかけて淡い青色または白色の五弁花を咲かせる一年草であり、その花色が国家のパーソナルカラーの由来となっている。
また、国章のデザインは、亜麻から作られた質素な装飾品「リャスナ」に由来している。

亜麻の花言葉は「親切への感謝」

国民

  • 民族
    ヴェールヌイは単一民族国家であり、ベルーサ人が人口の95%以上を占める。ベルーサ人はガトーヴィチ人と完全同一民族である。
    ベルーサ人は、地球における東スラヴ系に属する多民族の乗り合いでフリューゲル移民を敢行した船団に起源を持つと考えられている。
    ※詳しくはベルーサ人(外部記事)
  • 言語
    法令上、公用語の規定はないが、住民の殆どがベルーサ語を使用する。地球における東スラヴ語群の影響を受けて独自に変化した言語で、ガトーヴィチ語、ヴォルネスク諸語等と多くの点で共通する。
  • 宗教
    住民の約30%が正教信徒であり、主日祭日には教会で聖体礼儀に参加している。その他半数以上は無宗教を自覚している状況にある。
    ※詳しくは宗教の項
民族衣装を着たベルーサ人女性

国土・地理

本島のヴォロドィームィル島、南東部のベイクラント島、北西部のアジノーチカ島の主要3島と小島で構成される。
気候は冷涼で通年降雨がある。本島の気温は 1年を通じ -8°Cから 24°Cほどで、-17°C 未満または 29°C を超えることは滅多にない。

地方行政区分

包括区分の「行政区」と基礎区分の「市」が存在し、行政区における行政中枢が存在する市を「中核市」と呼ぶ。(県庁所在地のようなもの)
現在、行政区は5つに区分けされており、それぞれに中核市が設定されている。(東行政区のみ、ウミェールイとカニェークの2市共を中核市とする)

  • 中央行政区
    首都サンサルバシオンを中心に設定された行政区。独自の地方自治権を持たない政府直轄地である。
  • 東行政区
    国内で最も広域な都市圏(ウメェールイ及びカニェーク)を有し、商業中枢として機能している。両市は東行政区の雄を競ってライバル意識がある。
    967年9月にシベリア行政区(ベイクラント島)が統合された。同島は農畜産業が盛んで、国内で消費される食料、食肉の生産の多くを賄っている。また温暖な気候を活かした観光業も発展しており、国民の保養地として重宝されている。
  • 西行政区
    中核市であるグムラクをはじめとした多くの工業都市からなる生産拠点であり、国際貿易港や、国内唯一の国際空港を有する物流拠点でもある一方、西部は全域が国立公園に指定される森林が広がる多様性が特徴。
  • 南行政区
    科学技術と農業を主要産業とする地域。
    南端には宇宙・防衛に関わる開発研究施設が点在しており、射場施設を有している。南部の最大都市ブイストルイの住民もその分野の関係者が多い。
  • 北行政区
    人口密度が最も低く、区の半分を山脈が占める。冬季には山々から吹き下りる寒冷で乾燥した地方風が地域全体を厳しい寒さで覆う、歴史的に貧しい地域であった。

主要都市

サンサルバシオン СанСпасение
(10,10)首都を中心とする都市圏
中央行政区の中核市であり、人民議会議事堂や共和国宮殿、政府庁舎が点在するヴェールヌイの政治中枢である。
バロック建築を主とした町並みが形成されており、諸外国の首都に見られるようなモダンな高層ビル等はあまりない。
古来からベルーサの中心であり、サンサルバシオンという名称は「聖なる救い」を意味している。
サンサルバシオン条約は同市で締結されたことに因む。

グムラク Гумурак
(6,9)周辺の都市圏並びに港湾
西行政区の中核市であり国を代表する港町である。
貿易港として建国初期に開港し、周辺に工業都市が整備された事で、国内有数の生産・貿易拠点として成長した。
世界初の姉妹都市協定をヴァダーコイ市(ガトーヴィチ帝国)と結んでいる。

ウミェールイ Умэруи
(16,11)周辺都市圏
東行政区の中核市で国内最大の都市。
スヴィトラーナ政権下での経済政策により、商業特区として急速に発展した。
同じ商業都市であるカニェークと隣接しており、両市で全人口の四分の一を占める巨大都市圏を形成する。
国内では数少ない近代的で都会的な雰囲気を持つ都市でもある。

バイウリェーニャ Баилленя
(13,5)周辺都市圏
北行政区の中核市。ヴァストーク山脈の麓に位置する。
長い間、国の開発事業における実施対象地域とならず、農村が点在するばかりであり、国内では一番の低温地帯であることもあって、作物の露地栽培が難しく、貧しい地域の代名詞であった。
現在は北部最大の商工業都市として栄えている。

ブイストルイ Быстрый
(9,15)周辺都市圏
南行政区の中核市で、学術研究都市として開発された計画都市。
各種の技術者や研究者、関連企業の従業員が住民の半分を占める。過去には閉鎖都市として関係者以外の立ち入りが厳しく制限されていたが、現在は開放されている。

ラスヴィエート Расвет
(10,7)周辺都市圏
中央行政区北部に位置する計画都市。
経済転換(960年代)を受けて整備された最も若い市である。
サンサルバシオン、グムラク、バイウリェーニャの3つの中核市の中間に位置するアクセスの良さと、政治機能のサンサルバシオン一極集中のリスクに対応した首都代替機能を有している。中核市ではないものの、主要都市に数えられる。

主要施設

共和国宮殿
首都サンサルバシオン郊外の(12,10)に位置する官邸兼迎賓館。591年3月竣工。
閣僚評議会議長の執務の拠点となる官邸として計画され、後に成蘭連邦王国黒石治家第五代国王のヴェールヌイ訪問決定を受け、着工目前となっていた官邸に迎賓館としての機能を付与して再設計されたもの。
現在の共和国宮殿は、議長官邸であると同時に、外国首脳等との会談、条約の調印式、晩餐会やレセプションに対応する迎賓館でもある。報道等において「宮殿」を、政府を指す俗称として使用することもある。
公的行事が予定されていない時期は、隣接する庭園を含む外縁部が一般開放されており、市民の憩いの場として利用されている。

人民議会議事堂
首都サンサルバシオン北東部(12,9)に位置する立法府の中枢。572年7月に労働者評議会議事堂として建造され、583年6月の憲法改正に伴い、人民議会議事堂に改称された。
建築当時は石材産出国だったこともあり、全てに国産の建材が用いられた。デザインは豪奢な飾りの無いシンプルなものになっている。
建物正面には建国の父ユーリ・ノルシュテインの銅像があるほか、本会議場の正面(人民議会議長席後方)には、左から「平等」「平和」「信頼」「理性」「奉仕」を表現した5つの像が置かれている。
人民議会の本会議は原則として、その全てが一般公開されており、国民は身分証の提示と身体検査を受けることで、誰でも2階席から傍聴することが可能となっている。

歴史

ここではヴェールヌイの歴史を(かなり大雑把に短く)記述する。

 564年7月、ヴェールヌイ労働党(ユーリ・ノルシュテインを首班とする)を指導政党とする社会主義国家としてフリューゲルに産声をあげる。
 当時の社会主義国としては珍しく、経済体制差異を問題視せず、資本主義国との平和共存を大々的に打ち出した一方、非民主と祭政一致に対しては距離を置くという外交路線を掲げた。
 間もなくして、物資援助や開発顧問団の派遣で協力関係にあったシベリア共和国が原子炉事故により崩壊。ヴェールヌイは大量発生したシベリア人難民の受け入れをいち早く表明し、南東部ベイクラント島をシベリア人自治区に指定して厚遇した。これにより、難民と共にシベリア資産が大量に流入し、建国間もない新興国としては膨大な資源を獲得する。シベリア共和国と友好関係にあった成蘭連邦共和国とも連携する事となり、以降、成蘭連邦への燃料輸出がヴェールヌイ黎明期の主要な財源となった。

 また570年代にかけ、自身が開発途上国であるにも関わらず、将来を見据えた資源確保を目的とした途上国支援にも着手している。レゲロ社会主義人民共和国との友好相互協力条約、フランドルフランセーズ共和政府との開発協定、ノホ・ヘレコ連邦との治安維持協定など、立て続けに複数国との協力関係を規約化していった。

 575年10月、ノルシュテインにより「国家建設最終案」が提言される。これにより「①豊かな自給経済の構築」「②平和・人道主義の堅持」「③他国の共産・社会主義に対する不支持」「④独自社会主義に基づく人民民主体制への移行」が示され、これが国家建設の基本骨子となる。この4年後、憲法上の任期満了を半年後に控え、ノルシュテインは退任の意向を示し、自身が現在の地位に留まらない事で民主体制移行に弾みをつけた。

 576年12月、ヴォルネスク社会主義共和国へのノイエクルス連邦軍進駐を巡り、レゲロ社会主義人民共和国がヴォルネスクとの対立を強めていた。ヴェールヌイは社会主義国間の対立を非難すると共に、社会主義イデオロギーを標榜する国家への懐疑心を強め、これまで労働党を含む一部政党が参加していた第二フリューゲルインターナショナルから撤収を決定。以後、社会主義を旗印とする連帯には与しない方針を固めた。
 これにより非社会主義国との国際関係構築に注力し、578年11月にはクシミニャール侯国に視察団を派遣、経済開発に対する知見を獲得すると共に、クシミニャール規格を元に、国内の産業規格を定めた。

 579年7月、全党員によるヴェールヌイ労働党書記長選挙が実施され、スヴィトラーナ・オベルタスが選出された。スヴィトラーナは、進んだ人民民主主義体制、経済建設、円熟した社会主義国としての国際地位の確立を掲げ、580年には社会主義統制経済の永劫維持と人民主権を明文化した新憲法草案と、各種の新法・改正案を発表。スヴィトラーナはこれを「純粋社会主義体制」と銘打った。そして583年6月、新憲法への改正が断行された。
 労働党の一党独裁体制が、制度上解消されたことにより、新党結成や、既存の衛星政党の労働党への合流や解散が進んだ中、584年7月の第一回人民議会選挙では、スヴィトラーナ人気に乗って労働党が圧勝。新しい国家体制下でも引き続き与党の地位を維持するに至り、以後4世紀以上にわたる労働党優位の政治構造が確立していくことになる。

 第一回人民議会選挙を目前に控えた584年5月には、成蘭の招致でフリューゲル経済諸国同盟(FENA)総会にオブザーバーとして参加し、建国以来初の国際機関での外交デビューを果たす。準加盟制度を提唱し、これが総会で認められた事から、以後準加盟国としてFENAに席を置くことになった。

(編纂中…..)

 980年代、セニオリスクーデターに端を発する国連安保理との対立を経て、長きに渡った労働党からの政権交代に始まる外交安全保障環境の激動を経験。国際連合及びSSpactから脱退すると共に、BCAT設立を主導して所謂「第3勢力路線」に舵を切った。
 1030年から40年代にかけ、国際連合を主導する各国との外交交渉を経て、正式に国連へ復帰。関連する決議により、同盟理事国派遣組織としてBCATを加え、自ら安保理常任理事国となった。

政治

憲法

現在の憲法は583年6月に公布、施行されたもので、以来一度も改正されていない硬性憲法である。

社会主義憲法の概要
社会主義憲法は全4章(35条)で構成される。
前文では、ヴェールヌイが、域内の労働者階級の統合とその権力によって国家という枠組みを成している事を確認し、その統合の目的は、純粋社会主義を共通の理想とする社会の発展によって、労働者階級の利益と平等、国家の自由と独立を保障するために存在するとしている。また世界の平和と平等、民主主義の発展を希求し、人類進歩に貢献することも謳われている。
第一章「人民議会/閣僚評議会/憲法優位」
「国家の最高権力は人民によって選ばれた公権力であること」「公権力は特定の宗教権威・権力に支配・左右されてはならないこと」「公権力は憲法の支配を受けること」「本憲法は効力順位の最高位に位置し、条約・国際法規を含む全てに対して優位であること」といった諸原則が列挙され、続いて「選挙」「人民議会(立法権)」「閣僚評議会(行政権・司法権)」の諸規定によって構成される。
第二章「生産統制」
生産手段の私的所有の禁止と統制、また経済活動によって得られる利益の社会への還元について規定すると共に、この統制が、専制や全体主義に転化してはならないことを規定している。利益の還元は平等に行われるが、個人の役割と貢献度合いに応じた正当な対価としての利益享受も、この平等の観点に含まれている。公共の福祉に反さない限りにおいて、財産権は保証されており、生産統制がこれを妨げることがあってはならないとされる。
第三章「人民の自由・権利・義務」
全ての人民の自由は、純粋社会主義の利益によってのみ制限をうけ、また他人の自由と権利を尊重する責任を負う。ヴェールヌイの人民は、人種・性別・宗教・教育又は社会的身分の如何に拘らず、その権利と義務において平等であるとされる。細部の規定としては基本的人権の尊重に加えて「教育と就労の機会均等」「労働の安全と健康の保障」「創造活動(科学・学術・芸術など)の自由」「信仰の自由」等がある。
第四章「憲法の改正」
憲法改正は、人民議会の3分の2以上による議決を経た上で、国民投票で賛成80%以上を要件とする。

議会

権力分立は限定的だが、憲法の優越を大前提とした“憲法保証型の国政制度”を敷いている。
複数政党による議会制。立法府である「人民議会」は定員200名の一院制である。
専門委員会によって付託案件を討論する議会委員会制度により運営されている。
人民議会の議員は、地域及び一定規模以上の企業又は職種の共通する複数企業を単位として区割りされた選挙によって任命される。任期は5年。

人民議会の議決により閣僚評議会(内閣)の長である閣僚評議会議長(首相)が任命される。
議会は不信任決議権を持たず、評議会は議会解散権を持たない為、一般的な議院内閣制とは異なる。
閣僚評議会は司法省を通じて裁判所の人事権を行使する立場にあり、行政権と司法権が一体として存在する。
これらの性格上、政府の力が非常に強い。

違憲審査権のみ独立した憲法裁判所である「憲法委員会」が有している。
憲法委員会の委員(裁判官)は閣僚評議会議長により任命され、人民議会はこれを罷免することができる。

政党

建国から583年6月までは労働党が指導政党として国権の一切を握っていた。
現行憲法が制定されてからは、結社の自由も保証され、制度上は競争的な選挙が実施されている。
但し、憲法で純粋社会主義が国家の基軸思想として規定され、これに反する政治活動は規制されており、保守政党は存在しない。その為決定的な対立軸が存在しえない状態にあり、個別の政策ごとに各党が協力関係を結ぶことも多い。いわば純粋社会主義を基とする人民民主主義体制である。

過去には連立政権が成立したこともあるが、何れにせよ400年以上に亘って労働党が第一党を維持し続け、一党優位制の様相を呈していたが、983年3月の人民議会選挙で、史上初めて文化自由連盟が単独過半数の議席を獲得したことにより、非労働党政権が誕生している。(1028年には労働党が再び政権党に返り咲いている)
900年代以降、労働党と文化自由連盟という二大政党に対し、第三勢力の議席数は大差がある状況が継続している。

  • ヴェールヌイ労働党 Лейбористская Партия Верный(ЛПВ)
    「ヴェールヌイ労働党」は、地域における生産統合運動を展開したユーリ・ノルシュテインの政治結社「ヴェールヌイ」を母体とする。かつての指導政党であり、あらゆる分野で絶大な指導権を持っていたが、憲法改正を実行し、自らその地位を放棄。 それにもかかわらず、国民からの支持は衰えず、最大与党として引き続き国政を担い続けた。党の最大目標は「純粋社会主義の建設」であり、堅実で漸進的な経済成長と重福祉制度の構築を基本政策とする。 これに伴い、経済・外交政策では緩やかな拡大路線を採ることが一貫した特徴である。また、全地域・全階層に広く支持基盤を持ち、包括政党としての性格が強い。
  • 文化自由連盟 Лига за Свободу Культура(ЛСК)
    「知識人や芸術家によって結成された政党であり、多様で超党派的かつヒューマニズムに基づいた活動を展開する。党の最大の役割は、『正しい社会主義文化を広く定着させ、国家の精神的・文化的隆盛を図ること』と規定されている。教育制度の拡充、宗教活動の規制緩和、民主主義促進の観点からの既存法令の見直しに関する研究が盛んであり、開放的な立場を取る。労働党のカウンターパートとしての期待もあり、第二党となることが多い。940年代以降、非同盟主義的な主張を強め、『平和中立の独立国』路線を掲げるようになった。983年に政権党となった際、平和中立路線の実現を目指し、SSpactからの脱退を強行。長年続いてきた天国との連携を主軸とする集団安全保障関係を破棄する一方、国際的孤立を回避し、安全保障上の懸念を軽減するため、『包括的連携協定構想』を提唱し、これをBCATとして結実させる等、大胆な外交政策を展開した。良くも悪くもヴェールヌイの歴史に大きな影響を与えることとなったが、1028年には、再び労働党へ政権を譲り渡し、それ以降は政権を獲得できていない。選挙で過半数を獲得できない要因として、過去の文自政権における『急ハンドル』が人民の間で懸念されているとの見方もある。
  • 民主農民党 Демократическая Крестьянская Партия(ДКП)
    旧社会農民党と労働党の一部により結成された。旧党が有していた地方農村部での勢力を引き継いでいる。農業分野における主導政党を自認し、開発政策における集団農業化の推進など、基幹産業としての農業の地位向上と、地方の富増大を掲げた。外交・安全保障分野では、中立政策の推進を唱えるなど、労働党に比べても非積極路線であった。結党以来、緩やかに減衰し続けていたが、950年代以降の農業規模拡大に併せて、農民の利害代表としての意義が見直されつつあるが、存在感は示せていない。

行政

ヴェールヌイの行政機構図

閣僚評議会人民議会が任命する閣僚評議会議長(首相)と、首相によって指名される他の国務大臣から構成される内閣。
首相は他の国務大臣の任免権をはじめとする指導的・統制的な権限、並びに国家人民軍の最高指揮権を有している。
行政事務に加え、法執行、外交関係処理、政令の制定、人民裁判所の裁判官や憲法委員会の任命、予算案作成などの職務を遂行する。
国土省国土開発及び社会資本の整備保全を任務とする。
電力、通信、交通に関わる政策や防災を推進し、各行政区の自治消防組織を所管する。
工商計画省自給経済体制の維持向上と、通商の円滑な発展遂行を任務とする。
工業と商業の需給関係調整を中心に、国内経済及び産業の発展と、資源(エネルギー)の供給確保を図っている。
国庫の管理及び税関業務についても所管し、外国の交易機関との交渉窓口を担当する。
国家の経済全般を取り仕切ることから、その名の通り計画経済の本丸的行政機関である。
労働福祉省健康、医療、労働環境の整備及び職業の調整、教育振興による人材の育成、学術、スポーツおよび文化の振興を任務とする。
学校や研究機関の他、テレビ・ラジオ・新聞等、報道機関の所管省でもある。
ヴェールヌイ公共放送は労働福祉省が直接監督する国営企業である。
司法省法秩序の維持、人民裁判所の監督、国の利害に関係のある争訟の処理、出入国管理を任務とする。
また主たる法執行機関である人民警察を所管する。
違憲審査権を除く司法権の大半は、司法省を通じて政府が有している。
外務省主体的に良好な国際環境の整備を図り、国益の確保増進を任務とする。
外交政策、外交使節派遣、条約等の締結運用、外国との交渉など、国の対外関係事務全般を担当している。
国防省侵略やテロの脅威から国家と人民を防衛する為、国軍である国家人民軍を統制する事を任務とする。
地上軍・防空軍・国境軍の三軍の指揮、需品管理、士官の養成、有事における関連機関との調整を担当している。
国家保衛省情報機関であり、事実上の政治警察。
危機管理とその監視機能による安全保障維持を目的とする。
また経済・産業・通商・技術等の幅広い分野での情報収集を行っている。

元首

現在、ヴェールヌイで国家元首に相当する権能を有するのは、行政府・司法府の長である閣僚評議会議長である。
一般的な議会共和制国家の元首や宰相と比べても、ひときわ強い権限を有する「最高指導者」に位置づけられる。

閣僚評議会という内閣の主席(政府首班)である事を強調する意味から、略称は「首相」としている。

役職政党在任期間特徴等
1ユーリ・ノルシュテイン労働者評議会議長(初代)労働党564年7月~579年7月労働党と共和国の創始者
人民から愛された人格者
2スヴィトラーナ・オベルタス労働者評議会議長(2代)
閣僚評議会議長(初代)
労働党579年7月~599年7月憲法改正・民主化
経済発展・強い外交
3ヴィシリー・サロート閣僚評議会議長(2代)労働党599年7月~614年7月前任の傀儡
建国50周年事業
4ミロスラフ・シェレスト閣僚評議会議長(3代)労働党614年7月~629年7月労働党きってのタカ派
脱FENA路線を強行
5フェリックス・ティシチェンコ閣僚評議会議長(4代)労働党629年7月~?
国家機能停止
前任の傀儡・労働/連盟連立
ヴォ独立戦争参戦
6レナートヴィチ・ジダーノフ閣僚評議会議長(5代)
国家評議会議長(臨時職)
労働党937年11月~943年1月労働/連盟/農民合同政権
国土再生・議会再開
7エレーナ・ザラフィアンツ閣僚評議会議長(6代)労働党943年1月~983年1月再建復興・経済転換
融和外交・国連脱退
8アレキサンドル・コズイレフ閣僚評議会議長(7代)連盟983年1月~1028年1月初の連盟政権
SSpact脱退・BCAT設立加盟
9ヴァシリーサ・ヴィウチェイスカヤ閣僚評議会議長(8代)労働党1028年1月~現職

経済

純粋社会主義の根幹となるのが経済統制である。
これは『「生産手段の私的所有」を認めず「生産手段を社会化」し、生産量、価格、労働時間、賃金等の全てを私的な自由意志や市場原理に委ねず、人民の参政権が及ぶ機関が統制する。これにより全ての生産活動を、社会全体の利益に奉仕させる』というものである。
主要な生産手段を統制する為に、国内のあらゆる企業は、何れかの行政機関が所管、統制している。

なお、個人が正当に獲得した所有物は、私的財産として定義され、すなわち生活手段の私的所有は認められている。
関連して、社会保障・教育・インフラを基本とした各種行政サービスを除いて、直接的な富の再分配や均一化は目指されていない。純粋社会主義体制とは、社会的・政治的平等の元で、経済活動を統制して国を裕福にし、付随する結果として人民の生活水準の向上を目指すことなのである。

「主人公は君だ!社会主義経済を守れ」
経済統制がイデオロギーの根幹になっている

構造

建国から839年の国家機能停止まで、ヴェールヌイは完全自給経済体制を敷いていた。
(ここでの「完全自給経済」の定義は、社会保障・インフラ・教育などの国家機能がすべて十分に整備された状態(100の水準)にあり、外国との交易が一切なくとも国の維持に支障がないことを指す。)

統制経済を背景に、各産業の規模や比率を綿密に調整することで、先進国規模での完全自給経済を実現し、「極めて安定した国内完結型経済」を持つ先進国として独自の地位を築いた。その構造上、世界最大の軽工業国でもあった。960年代以降は、完全自給経済体制からの転換が図られ、燃料や食料など国家維持に不可欠な資源は自給しつつも、工業比重を徐々に減らし、商業や農業の比重を高めることで国庫歳入の向上を図った。また、商品輸入ルートを分散させるなど、経済の安定性を重視する姿勢は現在も変わっていない。

かつての完全自給経済体制や現在の分散的な輸入構造は、建国以来の強い独立志向に基づくものである。一方で、これを逆に見れば、ヴェールヌイが外国経済に与える影響もまた限定的であるともいえる。
それゆえ、外国債券の受け入れやフリューゲル中央銀行による国際通貨(Fun)の保有に積極的に取り組んでおり、現在では世界最大の純債権国となっている。

交易・取引レート

原則としてフリューゲル経済諸国同盟(FENA)標準レートを準用する。
900年代以降は、FENAレートに加えて国際交易協力機構(WTCO)の公定レート、同盟国やROA参加国の取引実績を参考にしながら、それらの標準を大きく逸脱しない範囲で設定が行われている。

計画と企業

すべての企業は国営であり、いずれかの省庁の所管に属している(その大半は工商計画省の所管にある)。
ヴェールヌイにおいては、「企業長を自ら選出し、自主的に計画を作成する」など一定の裁量が与えられている企業を「人民企業」、一方で人事や計画権限を所管省が全面的に掌握している企業を「国家企業」と分類・呼称している。
なお、「人民企業」はいわゆる民間企業、「国家企業」は純粋な国営企業のようなニュアンスで用いられているが、国際基準に照らすと、いずれも国営企業である点には変わりはない。

計画は、「公益性の観点から肯定される消費者ニーズ」を満たす内容でなければならず(少なくとも建前上はそうである)、企業はまず野心的な計画を作成し、これを所管省庁に提出する。
省庁側は、財の需給関係、国家財政への影響、計画における公益性の妥当性などを評価・調整し、修正案として企業に差し戻す。企業はその修正案に対応して再度計画を見直し、このやり取りを繰り返すことで、最終的に短期的な年次計画が策定される。

国家として中長期計画が策定されている場合は、当該計画との整合性も年次計画の評価項目の一つとなる。中長期計画は、分野別の規模比率や需給バランスの調整を目的とする内容が大半を占める。
企業は、計画が最終的に承認されるまで、資材・機械等、必要な資源を受け取ることができない。

必要資材については、企業が技術的・組織的な革新を進める準備に支障をきたさないよう、年次計画とは別枠で一定量を、企業の申請に基づいて支給する制度がある。
これらの資材については、使用目的に関する事前承認は不要だが、使用後の消費状況については報告義務が課される。なお、申請された資材の満額支給の可否は、企業の過去の実績や信用状況、中長期計画との整合性などを基に判断される。

主な企業

  • ヴェールヌイ鉄道 Верный железные дороги
    国家企業。英名VernianRailways。鉄道事業を中心に、自動車事業(トロリーバス)、船舶事業(離島への連絡船)も手掛ける。自家用車があまり普及していないヴェールヌイでは、鉄道が人の移動や物流を担う最大の交通インフラである。ゆえに鉄道は、国家としての生産性を目標水準に到達させる為の「計画経済の基本的担保」であるとされ、安全性と正確性を重視する傾向にある。一方で、運行本数自体はあまり多くなく、首都圏をはじめとした大都市圏でも30分に1本、比較的田舎とされる北部になると、中核市のバイウリェーニャですら2時間に1本(正午すぎ付近のダイヤ)である。ただしこれは、統制経済の中で、住居、職場、就労時間などを国が管理している中での必要数として設定されていることに留意が必要である。
    ヴェールヌイ鉄道が開発した高速鉄道システムは海外輸出に成功しており高い評価を受けている。(例①/例②)
  • ヴェールヌイ人民航空 Верный народный авиации
    国家企業。英名VerniyAirlines。民間航空輸送を担う唯一の事業者であり、必然的にヴェールヌイのフラッグキャリアでもある。航空会社コードは3レターでVAL、2レターではVE。ハブ空港は唯一の国際空港であるヴェリーチェストヴェンヌイ空港。先進国のフラッグキャリアとしては小規模で、国内線、国際線を合わせても一日の運行数が20本に満たない。国内移動は鉄道に大きく依存しており、飛行機は運賃が割高で、運行本数からも利便性がないとされる。
    保有する旅客機は、大半が小型から中型のターボプロップ機であり、国際線用に少数のジェット旅客機を保有する。
  • ヴェールヌイ鉱業燃料 ВГТК
    国家企業。国内の燃料・石油生産の全てを行っており、付随する事業として輸送船舶やパイプライン等も運営している。
    ヴェールヌイは歴史的に燃料輸出国であり、資源外交上も重要な役割を担っている。
  • ストレルカ Стрелка
    人民企業。時計製造メーカーのひとつ。
    はじめて国産機械式ムーブメントの設計、製造を行った実績を持ち、高い品質を誇る。この事から、政府の公式な納入業者に指定されており、官公庁での使用、国からの褒章用、軍には防塵・防水性に優れるステンレス製の腕時計を納入している。官公庁向けに支給される時計にはПмо-СРВ(共和国発注品)という刻印がされる。
  • エレナ・タバコ Елена табак
    人民企業。煙草メーカー。
    ヴェールヌイは成人男性の約7割、女性では2割以上が喫煙者という喫煙大国である。エレナ・タバコは、国内最大の煙草メーカーであり、販売する銘柄は50種類以上にもなる。基本的にどれも鈍重で荒々しい喫味をもつ。代表的な銘柄に「ハイライト」「青い星」「ヴァストーク」「レン」などがある。特にハイライトは、ヴェールヌイ製たばこ特有の重厚さと、ラムフレーバー香料を用いた香味のバランスに優れ、根強い人気を誇る。
高速鉄道「サプサン」は世界で成功した工業製品の代表
(写真はガトーヴィチ仕様のSapsanGOT)
燃料輸出は長年に渡り共和国経済を支えている
ストレルカの腕時計
時計を趣味とする人民も多い
煙草の販促ポスター「煙草と共に羽ばたこう」
ヴェールヌイは石動に並ぶ喫煙大国だ

マスメディア

  • ヴェールヌイ公共放送
    国家企業。唯一のテレビ・ラジオ放送事業者である。
    労働福祉省が管理運営する国営放送だが、非営利性と公共性の高さを理由に公共放送の名称を用いている。
    世界随一の映像技術を持ち、報道番組や文化イベント、各国PV制作などで国際的な知名度が高い。
    ヴェールヌイで一番の有名企業といえる。
  • ブルースター
    人民企業。国内最大の発行部数を誇る全国紙である。
    時の政権に忖度しない自由な報道姿勢が特徴。社説等を通じて、世論は勿論、共和国に対する国際評に与える影響も大きい。
    純粋社会主義に基づく国家主義を積極的に支持する姿勢は他メディアと共通するが、反戦・反共的傾向が強い。
  • 労働者の勝利
    ヴェールヌイ労働党機関紙で、公共放送の設立やブルースターが登場するまでは唯一のメディアであった。
    各種一般報道も掲載されており、未だ一定のシェアを保っている。
ブルースター紙
ヴェールヌイの言論・報道自由度の指標

外交・国際関係

外交方針

国家主権意識が強く、国力の大小にかかわらず相互に対等な外交関係を是としている。
かつては、非民主的体制を採る国家とは国交を開かない方針をとっていたが、現在は、過度な人権侵害等が指摘されていない限り、いかなるイデオロギーや体制の国家とも幅広く交流を行っている。

純粋社会主義の成立過程に起因し、他の社会主義国家に対しては一定の警戒心を有する傾向がある。
もっとも、6世紀以降のフリューゲルにおいては、国家体制に依拠した勢力争いは次第に見られなくなってきている。

ヴェールヌイは、自国を「非大国の中堅先進国」と位置付け、生き残り戦略として「大国の先進国」(主にレゴリス帝国、カルセドニー社会主義共和国、ヘルトジブリール・ロシジュア連邦、神聖ガトーヴィチ帝国など)との関係調整に重点を置いてきた。
伝統的に一貫して親レゴリス・親ヘルトジブリール的な外交姿勢をとっており、800年代まではSLCN諸国と準敵対的関係にあったが、現代においてはそれらの国々は既に滅亡しており、明確な敵対関係は存在していない。

多国間外交においては「国際協調路線」を標榜しており、前述の大国とのバランスを念頭に置いて行動している。
その一方で、歴史的経緯から複数の国際組織の設立・解体・加盟・脱退を繰り返してきた経緯があり、国体が安定しているにもかかわらず、外交面での長期的な安定性に欠ける点は、安全保障と並ぶ主要な政治課題として認識されている。

参加している国際的枠組み

名称加盟/批准備考(世論や寸感)
オプシサヴェート
(R/O/A)
954年3月加盟・6カ国からなる国際首脳会談の枠組み
・有力な国々と意思共有できる枠組みとして重要視
・協調の精神は大切だが、あくまで会議体
ベルクマリ包括的協力機構
(BCAT)
983年3月加盟・機構設立に参画、原加盟国となる
・既存大国や新興国との協力関係を具体的に推進
・各国の自主性を尊重した点で共和国の方針に適う
フリューゲル国際連合
(FUN)
947年5月加盟
981年5月脱退
1040年3月加盟
加盟、脱退、再加盟と紆余曲折を経て参加中
・多くの国が参画する最も広範で規範的な組織
・現代フリューゲルは国連体制時代の中間期

※セニオリス物資輸送決議違反を巡る安保理の対応手順に反発した共和国は、協力関係打ち切りを決断。(関連報道①)
981年5月に脱退通告し、史上はじめて自ら国連を脱退した国となった。国連には脱退規程がなく、安保理は983年3月中旬付で権利停止扱いとする決議を行った。1039年1月に加盟資格の回復を要請、安保理は1040年3月に加盟資格を回復を決議した。(関連報道②)

過去に参加していた国際的枠組み

名称加盟/批准/脱退備考
フリューゲル経済諸国同盟
(FENA)
584年3月準加盟
721年2月脱退
成蘭連邦王国との協調関係を元に、国際協調の手段として参加した
当時の経済特性から正加盟が難しく、自ら準加盟制度を提起して準加盟した
ヴォルネスク独立戦争を理由に無期限準加盟資格停止処分を受けている
ヴェールヌイ側も復帰の意思を示しておらず、事実上脱退したものとされる
新興諸国経済理事会
(ENEC)
608年1月OS参加憲章草案の協議から参加するなど設立から深く携わっていた
FENA準加盟国であることや当時の経済特性から、設立後はオブザーバー国として参加
主導国との不一致から関わりが薄れ、同理事会の事実上の解散に伴い資格喪失した
ソサエティ(オプシストヴァ)641年5月加盟
954年3月解散
11カ国によって結成された国際首脳会談の枠組み
その強大性のコントロールは難しく、特定国の影響を多分に受けてきた
残った参加国が、かつての時代を振り返りながら、区切りをつけた形となった
サンサルバシオン条約機構
(SSpact)
641年10月加盟
942年6月復帰
983年3月脱退
自存自衛を図ってきたが、SSpact加盟により集団安全保障体制に加わった
条約の起草段階から関わっており、天国との深いパートナーシップを象徴した
瀬国クーデターにはじまる国連等の諸問題や政権交代を経て脱退に至った
脱退したものの、SSpact加盟国との協力関係継続を志向することに変わりない

条約・協定(937年~)

名称発効年月状態失効年月
クレムリン協定949年6月2日有効
R/O/A協定964年3月2日有効
別成経済協力覚書971年4月有効
ナルガ開発支援協定977年10月失効1014年1月 両国合意により失効
フローリド治安維持協定979年7月有効
別舌協力条約1006年3月有効同国滅亡により一時停止
再建されたタンファ王国が継承し1142年9月回復
別舌地位協定1028年3月有効同国滅亡により一時停止
再建されたタンファ王国が継承し1142年9月回復
別成友好協力条約1034年8月失効同国滅亡により失効
別レ経済協力覚書1070年4月有効
別瑠開発協力覚書1081年11月有効
ヴェールヌイ・タンファ継承覚書1142年9月有効
ヴェールヌイ・御岳山平和友好条約1189年4月有効

国交・諸外国との関係

国交が正式に開設されている国を中心に、その関係を記す。
現存しない国は記載していない。

【注意】PL的な感想が多く含まれています。国(RP)の公式見解と一致しない場合があります。

国名世論や寸感
ヘルトジブリール社会主義共和国天国。ヘヴン。信頼がおける社会主義国として長きに渡り友好関係を維持している。
同盟関係は失われてしまったが、とりわけ重要な友好国である事に変わりない。
天国との関係構築やその変化は、ヴェールヌイの主要な外交テーマである。
ロシジュア帝聖平和ドミニウム天国と連邦を形成している重要な友好国のひとつ。
スラヴ系で文化的共通点もあり交流が比較的盛んである。
包容力と優しさ、平和を重んじる国。超越カワイイ。
レゴリス帝国世界に冠たる大帝国。実はあまり接点がないが、間接的に友好国(と思いたい)
過去から現在までの国際秩序に同国の存在は欠かすことのできないもの。
長くその地位を保っている事は、それなりの理由と実力があってのことなのだ。
神聖ガトーヴィチ帝国ヴェールヌイのお兄ちゃん。同一民族として共通点が多い。
近くて遠い兄弟国。経済的な結びつきも拡大している。
半ば好敵手のような存在と化している。最近は比較的仲が良いらしい。
カルセドニー社会主義共和国多くの進歩的な役割を果たしている大国。
再建後の共和国にとっても、政治外交上、無視できない存在である。
国連の母と呼ばれ、 我々には成し得ぬ偉大な功績をあげた国家である。
ロムレー湖畔共和国点在する湖と緑の調和が美しい世界有数の観光立国。
ロムレーの空気を読みに行くのも外務省の大切な仕事であり、外交上の指標のひとつだ。
国連・SSpact脱退等の一連の騒動以降、没交渉な状態となっている。
セニオリス連邦新たに外交政策の転換で国際的役割を高めようとしている。
同国のクーデター問題は、ヴェールヌイにも大きな転機を与えることになった。
アンソロジーや報道文が面白く、ディテールに溢れていて好き。
タンファ王国現存する唯一のヴォルネスクであり、ガトーヴィチと同様に同胞国家と位置づけられる。
民族構成や独立戦争など、ヴォルネスクはヴェールヌイにとっても因縁の地である。
公国体制(ベロガトーヴィチ)崩壊の経緯について、本人の大いに礼を失した対応に怒りを覚えており、そのために関与を継続している。
ルクスマグナ共和合衆皇国旧ミルズ。共和国が世界に復帰したときには既に国連統治領だったが晴れて独立。
これはなんだ?頑張れミルズ!なんだこれは?
国連の運営や地位について、強い関心を寄せているようだがはたして?
ラ・フローリド共和国ヴェールヌイと開発支援協定/治安維持協定を結び、開発資本投下や顧問が派遣された。
BCATには共に原加盟国として参加しており、関係を拡大させている。
新興国の中では最も強い友好協力関係にある国。たまに一緒に飲みに行くらしい。
セリティヌム共和政BCATを通じて協力関係にあったが、後に脱退してしまった。
共和国も開発を支援しており、同世代の新興国の中でも経済発展著しい。
国際上の地位向上にも積極的と見られ、注目しておくべき国だ。
レゲロ社会主義人民共和国再建されたレゲロ。かつては事実上の経済植民地であった。
開発独裁(エルノーク体制)での復活により、重工業国として独自の復興を遂げつつある。
ヴェールヌイが歴史的に最も忌避するファッション社会主義の権化。
…なのだが、歴史的経緯からも、高レベルでの意思疎通関係が継続している。

査証政策

外国人がヴェールヌイに入国する場合、当該国政府が発給したパスポートにヴェールヌイ政府が発給した査証を受けたものを所持しなければならない。
国交の有無に限らず査証発行のための審査が極めて厳格で、発行までに数か月を要することも珍しくない。
ただし下記の国籍者については、条件付きで査証免除措置を講じている。

国名施行条件等
成蘭連邦王国584年5月短期滞在
ロシジュア帝聖平和コモンウェルス950年1月短期又は学術交流
ヘルトジブリール社会主義共和国950年1月短期又は学術交流
ヴェールヌイの出入国スタンプ(成蘭人渡航者のパスポート)

軍事・安全保障

軽武装政策

社会福祉に重点を置く方針に加え、政治目的の達成や強制外交の手段として軍事力を用いることを忌避する立場から、建国以来ヴェールヌイは「軽武装政策」を堅持している。軍事予算は限られたものにとどまり、兵員数にも厳格な法的制限が設けられており、常備軍は55万人前後と、先進国の軍隊としては比較的小規模に抑えられている。
政治的にも軍の地位は高くなく、国防大臣は主要閣僚の中でも比較的小職と見なされる傾向にある。これは、国防省が国家保衛省の強い影響下に置かれている事も影響している。
正面戦力は限定的である一方、情報戦能力(主として心理戦および諜報戦)が重視されており、武力衝突に至る前の外交段階で優位を確保することが最優先の目標とされている。

防衛戦略・政策

外国から直接侵略を受けた場合に、独力で防衛することが難しい事を踏まえ、交戦相手国の戦力や都市ではなく経済拠点への反撃に注力して長期的な損害を与えつつ、自国敗戦が決定的になった場合には、国内の鉱山や港湾を自発的に破壊する焦土作戦も辞さない姿勢を鮮明にしており、この戦術そのものを抑止力としている。
これは受動的に国際紛争に巻き込まれることを嫌い、集団安全保障に類する協約を避ける方針に沿って、自主防衛をを強いられる中での、悲観的予測に基づく現実的な戦術として策定された。

この方針は、先進国入りを果たして以降、国際的地位向上や国際環境の変化を受けて徐々に変化しており、641年10月のサンサルバシオン条約発行により、集団安全保障環境を整える方針に転じた。
しかし、セニオリスクーデターに関連する一連の混乱から、国連脱退や歴史的政権交代を経て、983年3月にはサンサルバシオン条約から離脱し、自主防衛に回帰せざるをえない状況にある。

国家人民軍

国家人民軍は、反乱軍や怪獣への対処を目的として567年1月に組織された国軍。志願制。
兵員数は70万人以下と法で定められており、基本的に55万人前後を維持している。先進国の軍隊としては比較的小規模で、比例して火力投射能力が低いと考えられるが、兵員あたりの練度は高い。
基本戦術として遅滞戦闘、国内での焦土作戦を想定するなど、悲観的な予測に基づいた総力戦を戦うための軍隊である。
設立当初から政治性の排除が図られ「文民統制」や「軍隊の職業主義」についての教育が、下士官レベルにまで徹底されている。

建国50周年(614年7月)には創建以来初となる軍事パレードを挙行し、その整備状況を内外に示した。
防衛に特化した組織・装備体系を採っているが、新興国での治安維持活動や、不安定地域への派兵も実施される等、外国での活動もある程度行われている。

  • 地上軍
    陸軍に相当し、敵上陸軍に対する防衛戦闘を主任務とする。必要に応じて国内治安維持を担う。この為、人民警察(国土省所管)は、有事には地上軍司令部の指揮下に入ることになっている。
  • 防空軍
    空軍に相当し、多数の軍用機を運用する他、地上施設による敵ミサイルからの防空任務を担っている。
  • 国境軍
    沿岸警備隊又は海軍に相当し、艦艇の運用によって沿岸部を哨戒、海賊や敵上陸艦艇を迎撃することが主任務である。

※国家人民軍の装備品など

地上軍・防空軍・国境軍の3軍種からなる
軍旗を掲げる地上軍衛兵連隊

国家人民軍の活動・戦歴

名称期間概要
レゲロ駐留577年11月開始
620年9月撤退
ヴェールヌイ・レゲロ統制条約によるもの。
以降40年以上に渡りレゲロに駐留した。同国の独立及びSEACOM発行により撤退。
フランドル派兵585年11月開始
619年10月撤退
邦人・投下資本の保護、SLCN介入阻止による戦闘回避を企図した宣戦布告と派兵。
多国籍調査団を護衛。散発的な戦闘。同地域の消滅に伴い撤退。
ノホ・ヘレコでの治安維持活動577年11月開始
589年11月失効
ノホ・ヘレコ連邦より要請を受け、同国の治安維持を請け負ったもの。
期間中は定期的な哨戒活動及び怪獣駆除を実施した。同国の武装開始に伴い終了。
ウェールリズセでの治安維持活動589年1月開始
607年3月失効
ヴェールヌイ側の提案で、ヴェールリズセ連邦共和国の治安維持を請け負ったもの。
期間中は定期的な哨戒活動及び怪獣駆除を実施した。同国の武装開始に伴い終了。
ヘルトジブリールでの治安維持活動624年5月開始
640年2月失効
ヴェールヌイ側の提案で、ヘルトジブリール社会主義共和国の治安維持を請け負ったもの。
期間中は定期的な哨戒活動及び怪獣駆除を実施した。同国の武装開始に伴い終了。
ヴォルネスク独立戦争720年6月開戦
721年5月停戦
ヴォルネスク地域の独立を巡るガトーヴィチ帝国とノイエクルス連邦との戦争に介入したもの。
時の政権による対ガトーヴィチ政策やスラヴ主義による混乱が背景にある。停戦に伴い撤退。
セニオリスクーデター975年1月開戦
978年11月休戦
セニオリスで発生したクーデター事案を受け、国連決議を経てSSpactが対応、ヘルトジブリールと共に宣戦布告したもの。
宣戦後も攻撃には参加せず、後方支援に留まった。
セニオリス側の勧告受け入れにより終結。
ベロガトーヴィチ駐留1028年3月開始別舌地位協定に基づきベロガトーヴィチ大公国領内に国家人民軍を駐留させている。
同国への治安維持協力が主眼だが、宗主国に対する牽制機能としても期待されている。
1142年9月からは、同地域の後継国家であるタンファに駐留を継続しており、これは同国への砲艦外交的な意図に基づくものと解されている。

社会

社会保障・国民生活

教育・医療および一部の交通機関の利用にかかる費用は、すべて国家の負担によって賄われている。住宅もすべて国営であり、特別な環境を求めない限り、購入費用や家賃の支払いは不要である。年金制度は存在しないが、就労不能となった者には国が生活費を支給する体制が整えられている。また、結婚式や葬儀にかかる費用も原則として無料である。

税制そのものは存在しないが、生活必需品の価格や賃金水準が国家によって統制されているため、実質的には利潤に対する高い負担が課されている構造となっている。その代償として提供される手厚い社会保障と、汚職が極めて少ないクリーンな政治体制も相まって、制度そのものに対する不満が公に表明されることは稀である。

一般的な労働職(官公庁や軍を除く)は完全週休二日制で、さらに年間4週間の有給休暇が保障されている。勤務時間は午前9時から午後5時が基本であり、夕食は家族で囲むことが社会的な常識として根付いている。
嗜好品としての煙草やアルコールの消費は他国と比較して高い傾向にあるが、福祉制度の充実により、平均寿命は相応に高水準を維持している。

このように、「意識させない高負担」を基盤とした高福祉制度により、すべての国民が一定水準以上の生活を営むことが可能となっている。「一国社会主義唯一の成功例」とも称される一方で、利潤の大部分が国家に吸収される経済構造は、国民の選択肢を制限する要因にもなっている。
たとえば、コーヒーのような嗜好品の選択肢は極めて限られており、国内に流通するのはインスタント製品2銘柄のみである。衣料品も、好みに合った柄が常に供給されているとは限らず、サイズ展開も限定的であるなど、消費財全般において多様性は乏しい。
一般的なレジャーといえば、家族や友人とともに郊外でピクニックを楽しむ程度のものであり、海外旅行など多額の出費と煩雑な手続きを伴う娯楽は、貯蓄のない多くの国民にとっては現実的な選択肢とはなり難い。

こうした制限があるにもかかわらず、同国の国際的な幸福度指数は先進国中でも最上位に位置しており、その背景には、寛容で従順な国民性と、思想教育の効果が相まっていると評されている。

教育

全ての国民が6歳から一般教養学校に7年間、中等教養学校に3年間通う。
その後、職業訓練校と高等教養学校に分かれる。
職業訓練校に進んだ場合は、そのまま職場への配置を受けるが、本人の能力や希望により大学へ行くこともある。
高等教養学校へ進んだ場合はその殆どが大学へ進学する。
法律で定められた義務教育期間は10年間であり、中等教養学校卒業後に職場配置を希望することもできる。(選択肢は限られる)

義務教育期間を過ぎたものも含め、全ての教育費は無償となっている。
職業訓練校からそのまま職場配置を受ける場合と、大学や専門へ進む場合との年代層別の世帯収入差は、国による経済活動調整の対象であり、大学生や専門学生を擁する世帯には一定額の手当が支給される。

大学・研究機関

ヴェールヌイの大学は、その全てが労働福祉省が所管する国営である。
管理や教学などの問題については、国の策定した指針内で運営されることが求められているものの、自治権(大学の自治)は保証されている。
国内の大学のうち、特に権威があるとされているものについて以下に紹介する。

  • ユーリ・ノルシュテイン総合大学
    国内最古の大学であり、ヴェールヌイの最高学府。
    建国の父とされているユーリ・ノルシュテインの名を冠している。
    所在地は首都サンサルバシオン。
    15の学部、50余の学科があり、付属して各種の研究所が置かれている。
    学生数は1万人弱。卒業生はヴェールヌイにおけるエリート層を構成しており、所謂”高級官僚”の半数近くが同大学の出身者で占められている。
  • ヴェールヌイ人文科学大学
    政治学・法学・経済学といった社会科学を専門として設立された大学機関。
    所在地はブイストルイ中核市。社会主義体制を持続する上で、民主主義の下に許容されうる各種の統制や、官僚制による腐敗や硬直化防止に資する為、社会科学や人文諸科学の学際的共同研究を専門に取り扱う。
    学部は人文科学学部の1つのみだが、学科は250以上に上る。
  • バイウリェーニャ自動化工業大学
    北行政区バイウリェーニャ中核市に所在する大学。
    科学・技術教育の殿堂として位置付けられており、科学技術、特に工業分野での高度な専門家を養成する大学である。
    各種の工学、科学、通信、物理学等、10の学部と100を超える講座を要しており、1万3000人ほどの学生が在籍している。
  • カルサヴィナ芸術大学
    美術・造形芸術や、写真・映像、音楽等、芸術全般の総合大学。
    所在地は西行政区内で、中央行政区との区境にあるストロジェヴォイ市。
    音楽学部と美術学部の2学部14学科からなる。
    卒業生は企業デザイナーや各種の制作スタッフ、官公庁の主導する政治宣伝、出版やメディア、福祉職員や教員として活躍する。

宗教

憲法で信仰の自由が保証されている一方で、強力な宗教権威は純粋社会主義に基づく国家主義形成を阻害する要素のひとつと見なされており、その活動には一定の制限がかけられる。(ビラ配布や屋外集会の原則禁止等)

建国以前から正教が広く信仰されており、かつては80%以上が信徒であったが、建国後の緩やかな宗教規制(屋外集会の原則禁止等)によりその数を減らし、現在では30%程度に留まるとされる。
教会組織としてはベルーサ正教会があり、現在の最高位は「サンサルバシオン及び全ベルーサ総主教ミンターヤ」である。ベルーサ正教会はガトーヴィチ正教会とフルコミュニオン関係にあり交流がある。

正教が事実上の国教として政治にも影響を与えているガトーヴィチと状況は大きく異なり、正教の政治関与は忌避されている。

一定の宗教規制が施行されている傍ら、特に900年代以降は正教文化の尊重、保護の動きもあり、国内3つの教会堂及びその付属施設が、国の認めた文化遺産として認定され、保全の対象になっている。

文化遺産に指定される主要な教会堂所在地
聖シャミル大聖堂中央行政区(8,8)
聖エカテリナ大聖堂東行政区(18,11)
イリヤ教会南行政区(7,17)
ベルーサ正教会
ガトーヴィチ正教会と相互領聖の関係にある
聖シャミル大聖堂(8,8)
ベルーサ正教会の中央大聖堂
伝説上でベルーサに教えを広めた「使徒シャミル」に由来
国の文化遺産、首都の主要ランドマークのひとつ

文化

食文化

ヴェールヌイにおける主食はジャガイモであり、ヴェールヌイ人にとってジャガイモは生活の一部といえる存在である。蒸してそのまま食べるほか、団子状にしてシチューの具にしたり、パンケーキにするなど、主要な食材としての地位を確立している。
また、野菜や穀物を粥(カーシャ)のように調理する料理も一般的であり、スープ類などでは、食材の形が残っていないものを好む傾向が見られる。
肉類については、長期保存を目的に塩漬けや燻製、ソーセージ、ハムなどに加工して貯蔵することが多い。
漁業の発展が限定的だった影響から、海産魚よりも淡水魚を食べる文化が根付いており、鯉や鱒などを焼いたり蒸したりして食される。また、茹でたザリガニを食べる習慣もある。

お茶文化も根強く、濃く抽出した紅茶にお湯を注ぎ、好みの濃さに調整しながら味わう。ベリー類や果実から作られた自家製のヴァレニエ(果実の砂糖漬け)は定番のお茶請けとされている。

さらに、ヴェールヌイは世界屈指の酒類消費国としても知られており、主にビール、ワイン、シュナップスが愛飲されている。中でも特に人気があるのはシュナップスで、無味無臭のものから、果物や花の香りを加えたフレーバー付きのものまで、さまざまな種類が流通している。

シュナップスはアルコール度数の高い蒸留酒
ウォッカはシュナップスに含まれる

スポーツ

野球・新体操・アーティスティックスイミング・ボートの強豪国として知られ、過去に出場した国際スポーツ大会でも常に一定の成績を残している。

かつてはスポーツ振興に予算処置を採られておらず、設備や道具を必要とする競技の人口が少なかった。しかし580年代からの経済成長を背景に、スポーツ振興策が実施されるようになると、国民がスポーツに興じる機会も増え、愛好者の裾野が広がるようになった。この内、新体操とアーティスティックスイミング(所謂芸術スポーツ)は国策として育成強化が図られている。
955年6月には第6回国際スポーツ大会を企画運営した。

野球に興ずるヴェールヌイの子供たち

栄典制度

国家や純粋社会主義の発展に対して特段の功績があった者を褒賞する目的で「国家勲章」という栄典制度が設けられている。
勲章の授与は、純粋に栄誉を称えるもので、何かしらの特権の付与を伴わないものとなっている。
・ユーリノルシュテイン勲章
国父の名を冠したヴェールヌイ最高位の勲章であり、純粋社会主義の発展に顕著な貢献を果たした功績に対して授与される。下位に位置づけられる国家功労勲章の上位にあたる勲章であり、国内外を通じても授与例は極めて少ない。
・国家功労勲章
各分野において傑出した業績を挙げ、国家の重要課題の解決に尽力した功績に対して授与される。軍事、科学、学術、労働改善など、あらゆる分野における貢献を称える目的で制定された。個人のみならず、企業や組織も授与対象に含まれる。
・労働勲章
優れた業務を遂行したヴェールヌイの労働者・農民・技術者の個人に対して授与される。国民の勤労意欲を鼓舞することを目的として制定され、1級から4級までの等級が設けられている。比較的授与数が多く、たとえば一般労働者であれば5年間の皆勤を達成することで4級が授与される。

ユーリノルシュテイン勲章の授与一覧

被授与者被授与者詳細授与年理由
黒石治家成蘭連邦王国国王(第5代)592年8月共和国黎明期における経済外交上多大な協力
別成の友好協力関係構築に貢献
スヴィトラーナ・オベルタス労働者評議会議長(第2代)
閣僚評議会議長(初代)
599年7月共和国の民主化と飛躍的発展
その他多くの重大な功績
レイラ・ローレライヘルトジブリール社会主義共和国
国家評議会議長(第7代)
授与確定共和国の再建、国際復帰に多大な協力
別天の友好協力関係深化に貢献

国家功労勲章の授与一覧

被授与者被授与者詳細授与年理由
国際協力隊(シベリア共和国)左記同565年6月共和国に対する技術指導
建国初期の開発に貢献
イレーリクシミニャール候国
エッカーマン総研研究員
579年2月共和国からの視察団に帯同
生産技術向上と統一規格の確立に貢献
国家保衛省左記同583年5月黎明期における体制防衛、治安維持
外交政策の成功に貢献
マラト・エイヘンバウム文化自由連盟代表(第2代)614年7月国際友好音楽祭を提唱
実行委員長として指揮し国際親善に寄与
ヴィタリー・アトラソフグムラク市長624年5月ヴァダーコイとの姉妹都市協定
別瓦友好に貢献
フョードル・シュームノヴィチ・ニリシーチンガトーヴィチ帝国
ヴァダーコイ市長
624年5月グムラクとの姉妹都市協定
別瓦友好に貢献
純粋社会主義研究会(ロムレー湖畔共和国)左記同960年3月共和国文化政策に対する支持支援
別路友好に貢献

その他

社会主義のお話

社会主義のお話は、ヴェールヌイの中の人が、かつてフォーラム上で連載していた駄文の集合体である。
現実世界における社会主義について、基本から変遷まで客観的に解説、紹介することを目的としている。
当初は連載予定もなく、適当な一人語り形式だったが、第六回より小芝居形式となっており恥ずかしい感じがする。
社会主義・共産主義政体をRPするなら参考になるかもしれない?