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石秋友好修好条約

概説

 石秋友好修好条約は、フリューゲル歴653年(須晴二年・正明十七年)に大石動帝国首都、山岡府室満京市で行われた石秋首脳会談に於いて締結された二国間条約である。

全文

 大石動帝国と大秋津国は古来より友諠深厚なるを以て、今般一層旧好を修め愈々相互の邦交を固くせんと欲し、本条約を締結せんと企画せり。これがため両国は左の全権委員を指名せり。
大石動帝国
正二位征夷大将軍
 足利輝子
大秋津国
従一位上将軍
 細川経政
 右全権委員は各々が示したる全権委任状が妥当なる事を相互に確認し、上諭の旨に遵い議論を尽くし本友好修好条約を議定し、以て双方信守し未来永劫此れに悖らざる事を期す。其の議定せし各条左の如し。
第一条 両国は大石動帝国が石動第三帝国の正統後継政府たる事、大秋津国が秋津皇国の正統後継政府たる事を相互に承認し、相互両国の立場を尊重す。
第二条 大石動帝国は嘗て大秋津国内に於いて石動皇帝を名乗りし山城宮を、石動皇族たる王と認む。又山城宮の一族は石動皇族宮家たる後明日香宮家と遇す。これを以て後明日香宮家は大石動帝国へ帰国す。
第三条 両国は大秋津国内に滞在し大石動帝国への帰国を希求せし石動人をして、段階的に大石動帝国へ帰国せしめんが為、双方最大限の便宜を図る事を約す。
第四条 両国は本条約以前に両国間に存在せし条約・義務・請求権の一切を継承せず、新たなる友好関係を築く事を約す。
第五条 両国は旧世界日本国の民族・文化を継承せし東方の友好国として、経済・文化両面に於いて協力・友好関係を深め、以てフリューゲル東方地域の安定化に寄与することを約す。
 第一項 これが為、両国は両国国民の出入国に於いて、相互に査証は此れを免除す。
 第二項 これが為、両国は国内大学に学生の交換留学と姉妹校締結を奨励す。
第六条 両国は相互に両国法律に抵触する所の犯罪者の相互引き渡しを認む。
第七条 両国議定せし本条約は両国の友好修好を約し互恵発展を期すものなり。因って両国全権は是が証拠の為本条約に連署し、両国憲法ないし不文憲法に定められたる手続きを経て此れを批准の上、御名御璽を拝したる批准書の相互に交換せし後初めて此れ効力を発す。
須晴二年五月十八日正明十七年五月十八日

大石動帝国の為に
正二位征夷大将軍源朝臣(花押)

大秋津国並びに主上の御為に
従一位上将軍源朝臣 (花押)