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トルキー社会主義共和国

国名トルキー社会主義共和国
英名/現地語名Socialist Republic of Turkey / Türkiye Sosyalist Cumhuriyeti
国旗
公用語トルキー語
首都アンカラ
最大の都市イスタンベル
国家元首国家評議会議長
通貨トルキーリア
政治体制社会主義共和制

概要

トルキー社会主義共和国(Socialist Republic of Turkey/Türkiye Sosyalist Cumhuriyeti)とは637年8月に民主制を導入し、トルキー臨時社会主義連合から国号を変更した社会主義国家。
日本語の漢字表記では土耳木とされることが多く、一文字表記では土となる。
それぞれの民族名などはトルキー語より由来するため国際共通語とは少々ずれる可能性あり。

国旗

現在の国旗は国号の変更を記念して、637年10月初旬に真っ赤な臨時国旗から変更されたものである。
赤は労働党、革命の際流れた血、革命的思想、社会主義、情熱を表し、
中央には社会主義の象徴である鎌と槌を
左上にはイスラムのシンボルたる三日月と五芒星を配している

産業構造

生産のために必要な各種生産施設(工場や社屋など)や、農業や居住のため必要な土地や建物などの不動産は全て国が所有することとなっている。
新たに社屋の建設や耕地の拡大など土地の改変を行う際には現地の地方自治体に届け出をし役人の現地調査を受けて認められる必要がある。市町村役所や県庁が調査した記録は国にも集計され、管理がなされている。
また動産においても各種大型機械などの生産活動に必要な大掛かりな物については同様に国への届け出が必要である。こちらは通しの型式番号と機械の大まかな種別、現在の管理者・所在地の3種類のデータが管理され、管理者が公共機関である場合には点検の記録まで厳密に集計がなされていることもある。

国民の収入などについては扱いがやや煩雑となっている。まず営利法人の場合は直接に給料を支給せず、一月に一回毎にその期間の収入・支出を届け出、その届出を元に国が企業より資金を徴収する。その後国は徴収された額から各種税金を差し引き、その上で国民の収入を部門毎(独身、核家族など家族形態による分類が多い)に一定額に定め、分配する形で国民に支給する。この際特別な事情がなくその月に一定時間以上労働活動に従事していなかった者は支給対象から外されその月の収入を受け取ることができない。
次に個人事業主の場合は一月に一回ごとその期間の収入・支出を届け出、その届出を元にして国が求めた資金を納付する。残った売上げはその個人の判断にとされ、結果個人事業主には被雇用者よりもやや多額な現金の管理が委ねられることとなる。
こうして受け取った現金は国民が良心に基づいて自由に用いていいとされ、各種商品の購入や預貯金などに回すことができる。
負傷や再就職の失敗などの特別な事情があり労働活動に従事できなかった者に関しては届け出を行うことで一定額の現金支給を受けることが可能であるが、一般的な健康な国民が受けられる支給額に比べると微々たるものであるのが現状である。

これらの手続きや届け出の多くは現地の地方自治体を通じて行われるため、多量の届け出に対応するために地方自治体の担当部署や経済省労働収支局は人員が特に膨れ上がっている。また柔軟性の乏しい縦割り行政を生んでいるとの指摘も根強い。
教育や福祉、インフラなどの各種公共のサービスについては国の負担の元で無償で提供されることが定められている。

国家構造

かつてはトルキー労働者評議会(現:トルキー労働党)による一党独裁制を憲法によって定めていたが、現在では議会が設置され選挙により選出された議員らによる議論が政治体制の根幹となっている。
そのため現在では社会主義共和制を導入していると言える。
憲法理念上、国会-内閣及び国家評議会-裁判所による三権分立が定められているものの、司法に位置する裁判所が実際には様々な政党に籍を置く者で占められているなど、完全に権力が分立しているとは言いがたい。
またかつての独裁時代からの名残から国内には「革命の有志が国民を主導する」という風潮が残っており、その風潮から多少の国民の不利益は見逃されてしまうことがあるとされ、完全な国民主権が達成されてないとの指摘も根強い。

地域区分

地方自治法の定めるところにより10の県という広域行政区間と、2つの特別行政州から構成され、700年5月の改正によりそれ以下に市区町村という下位の地方公共団体が設置されるようになった。
下位の地方公共団体が存在しなかったのは旧世界において移民計画発動直前、一部の富を持った者が他の国民を支配するため勝手に地方公共団体を設置し、大きな混乱に陥れたことに対する反省や、それを封じ込めるための処置だった。
県にはそれぞれ30~80議席の小規模な県議会が存在し、県議会と議会に任命される首長である県知事によって統治されることとなっている。
特別行政州はアンカラ、イスタンベルの2つで、それぞれ100議席の州議会を持つ。
特別行政州の首長は州知事であり、内閣によって直接指名される。

県議会・州議会の任期は5年、もしくは解散される時までである。
地方議会の解散は首長が解散を宣言した時の他、通例では議会(人民院)の解散と同時にも行われる。その関係上、各地方議会が同時期に選挙を行うことが多い。この他内閣による解散命令、裁判所による違憲・法律違反判断に基いた解散命令が下された時にも解散される。
選挙制度は地方院の決定に基づき、現在では2特別州は全地域的な比例代表制、10県は中選挙区制で行われることが通例となっている。

市区町村の設置は県に認められ、設置の際には県知事の発議を県議会が3分の2以上で可決し、さらに地方院の過半数の承認を得る必要がある。
設置は必ずしも必要ではなく、地域によっては県が最も下位の地方行政機関となっていることも多い。
市区町村には必ず民主主義に基いて選出された10議席以上の議会と住民の直接選挙によって選ばれた首長が存在することになっており、運営はこの二元代表制を中心に行われることとなっている。
議会や首長の任期、選挙方法等は上位の県が決定することができ、国が定める地方自治の本旨に反しない限りはこの県の定めたものが適用される。

アンカラ特別行政州

首都アンカラを中心とした地域を管轄する自治体。
議会、中央省庁、最高裁判所といった国の主要機関が集中した国家の要とも言える地域であり、社会主義の象徴として大規模な都市計画に基づき建設されたトルキー国内最大の計画都市である。
多くの組織の本部などが集中する地域でもあり、帝政期や内戦期を通じてトルキー国内の重要な都市に位置づけられていた。それゆえに内戦期には特に激しい戦闘が勃発した都市となり、長い動乱の内に史跡はほぼ全てが失われている。

イスタンベル特別行政州

トルキー国内最大の都市であるイスタンベルを中心とした地域を管轄する自治体。
国の主要機関は存在しないものの、トルキーの貿易において重要な位置にする海運の要所である。
帝政期の史跡も含めた伝統的な町並みが多く残される一方で、中心街は再開発により先進的なビル街に生まれ変わっている。
トルキー正教会の中心的都市でもあり、東方正教会の宗教施設が各地に見られることも特徴である。
ギリシヤ人が最も多く居住する地域だが、トルキー人が最多数派を占めるためギリシヤ語が見られることは多くない。その他にはクルディア人も居住している。

ブルシ県

県都はブルシ。ブルシはトルキー第四の都市である。
山麓に位置し、イスタンベル・アンカラからの交通の便が良いことから冬には多くのスキー客が訪れる。
緑のブルシと呼ばれるほど公園や緑地が多い町並みが特徴。環境への意識が高く、緑の党の重要で強力な基盤の一つともなっている。

イズマル県

県都はイズマル。イズマルはトルキー第三の都市である。
イスタンベルに次ぐ規模の港湾施設を有し、また伝統が残る沿岸部の町並みが美しいことでもよく知られる。

アンタリア県

県都はアンタリア。
地中海性気候の代表的な地域。夏は乾燥した南風が吹き込み、冬も北部の山脈に北風が遮られ暖かい。
国内有数の避寒地。見晴らしの良い海岸には高級住宅街も存在し、この地域に別荘を持つことは憧れとも言われる。

コンヤ県

県都はコンヤ。
著名なイスラム教の施設が多く存在する宗教色の濃い街。
政教分離が徹底されて久しいトルキーにおいてもある種敬服を持たれ、中心部では今も厳かな雰囲気が街を包んでいる。
気候区分的にはステップ気候に位置する。夏場の乾燥により、地元女性が肌を守るためヒジャブなどを着用することも雰囲気の形成につながっていると言われる。
アンカラとの交通の便が大きく改善されたことで、郊外はアンカラ都市圏のニュータウンとしての開発が模索されている。

カイサリ県

県都はカイサリ。
トルキー人とクルディア人の混合地域だが、街中の多くはトルキー語が使用されている。
トルキー中部に位置し東西をつなぐ商業都市。
内陸のため気候は寒暖の差が大きくやや厳しい。

マラテヤ県

県都はマラテヤ。
トルキー人とクルディア人が概ね半々となっているが、使用される言語はトルキー語が主流である。
農業が経済の主となっており、杏の生産が盛んであり、特に乾燥杏は国内生産のほとんどをこの県が担っている。

カリス県

県都はカリス。
トルキー人とアルミニア人の混合地域。近年は両民族の居住地域がより明確に別れつつある。
北部の高地に位置するため気温の年較差・日較差が共に大きい。
気候区分的には湿潤大陸性気候に位置する。

ディヤルバクラ県

県都はディヤルバクラ。
クルディア人が主流派。クルディア人居住地域の中心的な都市である。

ムシュ県

県都はムシュ。高地に位置する県であり、高地地中海性気候に位置するため夏は高温乾燥で、冬は冷え込み降雪が多い。
クルディア人が主流派である。都市部ではトルキー語とクルディア語の共存が進んでいるが、クルディア語のみが使用され続ける地域も存在している。

エリジラム県

県都はエリジラム。
クルディア人とアルミニア人の混合地域。クルディア人は南部、アルミニア人は北部と概ね居住地域が別れている。
このためにトルキーの中でも特にトルキー語の勢力が弱く、多少政情も不安定な傾向にある地域となっている。
県都付近はいざ知らず、農村部などに出てしまうとトルキー語がほとんど通じない場合もある。
海抜1000メートル超の高地に位置し、典型的な厳しい湿潤大陸性気候となっている。

年表

631年8月革命政権樹立
634年6月頃大フリューゲル帝国(後に共同管理区域クイーンズ)から宣戦布告 政府は「通り魔」と表現。
636年11月トルキー労働者評議会が将来的な民主化などを盛り込んだ講和条例を各党と締結。長きに渡る混乱が終わり、民主政へ
637年8月議会の設置により民主化。これに伴い国号もトルキー臨時社会主義連合からトルキー社会主義共和国に変更。
637年9月民主化に伴う国内初の選挙の結果が発表。
638年1月連合が社会民主党・緑の党が脱退する形で解体される。
639年5月改憲や定数増加など抜本的な改革案を賛成198反対2で可決。
641年10月サンサルバシオン条約機構が設置される。
650年頃国家機能停止期間(凍結期間)
(不明)定数増加などの改革案を賛成多数で可決。
660年11月長年非正規のみとなっていた軍隊が正規軍を編成し復活。実質的な再軍備。
673年3月トルキー初の人工衛星「オスマン」の打ち上げに成功
673年12月民族党の選挙への出馬を禁止。非健全社会主義的な政策を掲げたため
674年1月アイクル首相の辞任のためイノニュ新首相が就任
675年7月二院制の導入などの憲法改正案を全会一致で可決。行政改革の要
681年5月首都アンカラ付近に巨大隕石が落下。死者・行方不明者は1000万人以上。
687年3月イノニュ首相の辞任によりクルディア系のユセフ・シャヒーン元アンカラ州知事が就任。
687年9月南部の農村地帯に巨大隕石が落下。死者・行方不明者は約230万人。
700年5月市区町村の設置を定める地方自治法改正案が成立。13年に渡る議論がついに終結。
713年1月トルキー第四共和政の父、メフメト・セキ元首相が逝去。95歳。晩年は執筆活動に励む。
715年1月ユセフ・シャヒーン首相が高齢のため辞任し、ファルク・ウラス前軍部大臣が首相に就任。
729年頃持続可能な経済を建設しようとする永続国家計画に基づく長期鎖国に突入。
731年6月鎖国が諸外国の信頼を損ねたとしてウラス首相に対する第四共和政初の内閣不信任決議が可決される。
第20回人民院選挙の結果に基づきデスタン新首相の社緑連立政権が発足。労働党は初の下野。
740年1月デスタン首相が突然死。初の規定の選挙後混乱の収束のため無所属の元軍人であるテミルジ氏が任命される。
743年12月選挙出馬の認可範囲を拡大する他の憲法改正案が可決される。
746年7月テミルジ首相の辞任と人民院解散による選挙により、再度労働党単独政権が発足する。
755年9月労働党員の汚職事件を受け「国民の信頼を回復する」とした選挙に労働党が敗北。
社会民主党の閣外協力を受け民社-社民-緑-自由の四党による連立政権が発足する。
757年11月緑の党が連立より離脱。アル首相は「今一度国民の応援をいただきたい」と解散に踏み切る。
759年1月社会民主党が連立より離脱し、アル首相への内閣不信任決議が可決される。
第30回人民院選挙の結果に基づきトゥルナゴル首相が再選され、労働党単独政権が再発足する。
764年3月トゥルナゴル首相の辞任のため、エリジェ新首相が就任する。
777年7月エリジェ首相の辞任のため、アクス前幹事長が首相に就任する。
780年4月共和人民党との政策における対立を抱え解散した選挙に労働党が敗北。
選挙の結果によりギュルセル首相率いる共和-社民-緑連立政権が発足する。
791年11月ギュルセル首相の辞任のため、バラミール新首相が就任。
814年7月バラミール首相の死去のため、第45回人民院選挙の結果に基づきアクス新首相が就任。
選挙の結果現政権は過半数を維持も、第一党は入れ替わり。83年振りに社会民主党から首相が選出される。
823年3月緑の党の連立離脱表明によりアクス首相は人民院を解散。第48回人民院選挙が実施される。
選挙の結果現政権は敗北。エルドアン氏率いる43年振りの労働党単独政権が発足する。
823年8月開国に伴う諸手続きが完了。約100年振りに外交活動が全面的に再開される。
825年5月高密度都市地域に巨大隕石が落下。死者行方不明者は約1000万人に及ぶ惨事。
847年3月任期満了に伴う第53回人民院選挙において労働党が大敗。労緑連立政権へ移行する。
選挙の結果を受けエルドアン首相は引責辞任。ヤルグジュ新首相が就任する。
868年2月任期満了に伴う第60回人民院選挙において労働党が敗北。イスラフィル新首相率いる社民緑連立政権が発足する。
873年9月トルキー初のイレギュラー『メフメト』の打ち上げに成功
875年5月各議院の任期を3倍に延長する公職選挙法改正案が成立。次回選挙より順次適用。
876年3月国家評議会を国家元首とする憲法改正案が成立。初代国家評議会議長には社会民主党のエミーネ・イスラフィルが就任。
878年4月人民院選挙にて中選挙区制導入の法案成立 次回選挙以降適用へ

政治首脳陣及び閣僚

国家元首

トルキー臨時社会主義連合時代(631年8月~637年8月)

国家体制と緊密に結びつき事実上の立法府としても機能していた政党の議長が国家元首として君臨。

トルキー労働者評議会議長所属政党
1631年8月~637年9月メフメト・セキトルキー労働者評議会

637年8月に国家元首機能は内閣総理大臣へと移行した。なおトルキー労働者評議会議長の名称は政党がトルキー労働党へと再編された後にも党内の一役職として名前が残っていた(ただし空位)が、639年5月にそちらも廃止となった。

第四共和制成立 内閣総理大臣期(637年9月~876年3月)

637年8月に内閣総理大臣が設置され、その後637年9月に招集された議会において正式に任命された。
議会における投票において最多票を受けた人物が内閣総理大臣として就任する。

内閣総理大臣所属政党
1637年9月~661年2月メフメト・セキトルキー労働党
2661年2月~674年1月イブラヒーム・アイクルトルキー労働党
3674年1月~687年3月ハムゼ・イノニュトルキー労働党
4687年3月~715年1月ユセフ・シャヒーントルキー労働党
5715年1月~731年6月ファルク・ウラストルキー労働党
6731年6月~740年1月ジェマル・デスタン社会民主党
7740年1月~746年7月ハシム・テミルジ無所属
8746年7月~755年9月アイシェ・トゥルナゴルトルキー労働党
9755年9月~759年1月イドリース・アルトルキー民主社会同盟
10759年1月~764年3月アイシェ・トゥルナゴルトルキー労働党
11764年3月~777年7月ジェウデト・エリジェトルキー労働党
12777年7月~780年4月アッバス・アクストルキー労働党
13780年4月~791年11月ジャフェル・ギュルセル共和人民党
14791年11月~814年7月デニズ・バラミール共和人民党
15814年7月~823年3月カスム・アクス社会民主党
16823年3月~847年3月アフメト・エルドアントルキー労働党
17847年3月~868年2月ピヤーレ・ヤルグジュトルキー労働党
18868年2月~876年3月エミーネ・イスラフィル社会民主党

876年3月に国家元首規定を改定する改憲が行われ、国家元首機能は国家評議会へと移行した。

国家評議会設置(876年3月~)

876年3月に集団で国家元首機能を成す国家評議会が設置され、同月中に国家評議会準備委員会において正式に任命された。
国家評議会議長は議会の両院議員634名及び各県州議会の代表者634名で構成される国家評議会準備委員会において任命され、副議長を含む他数名を議長が任命する。国家元首機能そのものは国家評議会全体が有すると規定されるが、事実上の元首は国家評議会議長となる。任期15年で4選禁止。

国家評議会議長所属政党
1876年3月~フゼイフェ・アルトゥウ社会民主党

政府首班

首相設置(876年3月~)

876年3月の国家元首規定改定により従来の内閣総理大臣の機能の大部分を引き継ぐ。
議会における投票で最多票を受けた人物が任命を受け、内閣を組閣し行政府の長として君臨する。

首相所属政党
1876年3月~エミーネ・イスラフィル社会民主党

現在は社会民主党-共和人民党-緑の党による社民緑連立政権である。

政治

憲法により三権分立を定めているが、前述の通り権力抑制均衡機能の不十分さや各政党の出身者による司法の牛耳りなどが存在するために十分に三権分立が機能しているとはいえない。

立法

憲法により議会が国の唯一の立法機関とされている。
議会は内閣総理大臣を任命することができる。また内閣不信任決議を行うこともできるが、この決議に法的な強制力はない。
しかし不信任決議が成立する状況下で内閣を何事もなく存続させることは難しいと言われ、通例では内閣総辞職か議会解散が行われる。
問題を起こした司法の裁判官を罷免させるか否かを判断する弾劾裁判を行うことも可能である。これにより罷免させられた裁判官は今後永久に公務員の地位に就くことを禁止され、この権利が回復されることはない。
憲法改正案は人民院の3分の2以上と地方院の過半の賛成によって発議され、国民投票に付されて過半数の賛成を得ることで改正となる。

選挙においては憲法により「社会主義経済体制に反対する政党(743年改正)」の出馬は認めておらず、これにより資本主義の他、サンディカリスム、アナキズム、ファシズムなどといった政党の出馬を制限している。
議会は人民院と地方院からなる二院制である。両院の構造やシステムには特段の差異はない。

両院での議決に差異が生じた場合は両院評議会が設置されその可否が問われることとなる。評議会は両院の議長が7名ずつ及び副議長が3名ずつ承認した計20名で構成される。話し合われる内容は「地方や少数民族に関連する案件か」である。
地方や少数民族と密接に関連する案件と判断された場合、地方院の議決が議会の決定となる。逆に関連しないと判断された場合は人民院の議決が議会の決定となる。
地方や少数民族のみならず多岐にわたる案件である場合は、案件の分割や修正などが試みられる。分割修正された案は評議会案として議会に提出され再審議となる。しかしそれらの分割や修正が困難であり、審議不十分として否決となった例がある。また国家構造そのものに関わるとして同様の決定が採られた例もある。

675年7月までは人民院からなる一院制であった。

人民院

人民院は議会を構成する下院にあたり、一院制当初より存続している。憲法において議院の役割などは特に定められていないが、実質的には世論を敏感に吸収する役割を担っていると言われる。
定数は400。
任期は15年。ただし国家元首による解散が行われた場合はその時点までとなる。
選挙は県や特別行政州をそれぞれ複数に分割した定数2~6程度の中選挙区制により行われる。

639年5月までは定数200。657年前後までは定数300。
第63回人民院選挙までは任期は5年である。また第62回人民院選挙までは県及び特別行政州を1区として定める大選挙区制により行われていた。

  • 874年9月の第62回人民院選挙の結果
政党名議席
社会民主党151
共和人民党42
緑の党40
トルキー労働党119
共産党27
公正党10
無所属1
定数400

地方院

地方院は議会を構成する上院にあたり、憲法において各地方や少数民族の声を代表する議院として定められる。任期の長さや議院の本旨より人民院に抑制を掛ける役割を担うと言われる。
定数は264。
任期は30年であり、選挙は15年ごとに半数ずつ行われる。
選挙においては10の県からそれぞれ12人、2つの特別州からそれぞれ6人ずつ比例代表制で選出される。
1つの選挙区から一度に20人以上の同党の当選者が出ることもある人民院の選挙とは異なり、比較的落ち着いた選挙戦が繰り広げられると言われている。

875年7月まで任期は10年であり、選挙は5年ごとに半数ずつ行われていた。
第1回の選挙は半数のみの選挙が行われた。任期切り替わりのタイミングだった第42回選挙は全数が改選となり、上位13~24位の議員を第41期として扱う処置が採られた。

  • 875年7月の第42回地方院選挙の結果
政党名第42期第41期合計
トルキー労働党504696
社会民主党474390
自由と正義の会32
共和人民党8917
クルディア民主主義党235
公正党4610
チューリップ同盟31
緑の党111122
緑のクルディア459
共産主義戦線11
共産党257
革命的マルクス主義研究会224
アルミニア民族共同体224
定数132132264

行政

憲法により行政権は内閣に属するとされている。
内閣は議会から任命を受けた内閣総理大臣によって組閣され、議会の信任に基づき内閣を組閣することとなっている。
内閣の構成などに特に規定はないが、 万が一の際の混乱や権力の集中を防ぐための処置として、内閣総理大臣がその他の国務大臣の地位を兼任することは禁止されている。

国家元首の国家評議会議長の権限は「中立的権限」に留められ、内閣の承認の元で最高裁判所の裁判官任命、議会召集や解散、特命全権大使の任命、条約への署名などを行う。

人民院が解散中に緊急の必要が生じた場合は法律やその他の決議に変わるものとして臨時で緊急閣令を制定することが認められる。緊急閣令は議会による承認により同等の効力を示す法案や決議案を付属する。この閣令はその後の議会の開会によって承諾が得られた場合に正式な法律や決議として成立し、承諾が得られなければ場合は直ちに失効する。また裁判所により違憲と認定された場合も直ちに失効する。

内閣に属する行政機関の主要なものとして以下が在る。

  • 内閣府
    長は内閣府長官。
    内閣を直接に支援する組織として、情報収集や内閣の重要政策の企画立案・調整を行う他、また内閣の直属に置くことが相応しい行政事務等を所管する。
  • 財務省
    長は財務大臣。
    政府の歳入管理や国庫管理などの財政事務を所管する。
  • 総務省
    長は総務大臣。
    選挙や公務員、地方自治などの国家の基本をなす行政事務を所管する。
  • 法務省
    長は法務大臣。
    法整備や秩序維持などの司法関連事務を所管する。
  • 経済省
    長は経済大臣。
    国家単位での生産計画の策定や国民の収入管理など経済関連の行政を所管。社会主義経済体制の業務対応のため在職者数が著しく大きいことで知られる。
    • 労働収支局
      国民の労働に対する賃金の管理や企業監視などを所管する。経済省の内部部局であるが、膨大な手続きから在職者数が大きい。
    • 人民協同発展庁
      経済省の外局。集積された情報より次期生産計画案の作成及び策定された計画の各所への通達を所管する。
    • 全労働者連帯総合評議会
      経済省の外局。各々の労働組合の承認や指導、監視行政、また生産計画策定に掛かる組合側からの参考意見聴取も所管する。
  • 産業省
    長は産業大臣。
    産業の発展や鉱山・エネルギー資源、雇用などに関する行政を所管する。担当部門の広さもあり経済省に次ぎ在職者数が大きい。
    • 労働環境庁
      国民の労働環境の調査及び指導・監督事務などを所管する産業省の外局。
    • 環境庁
      環境の保全と整備及び公害の防止を担い、開発・生産計画の環境評価などを所管する産業省の外局。
    • 全勤労人民前進委員会
      産業省の外局。国内の企業に関する経営情報の収集や助言による産業の安定化を担う。各企業経営者からの経済面での参考意見聴取や国営企業の経営陣に対する監督事務も所管する。
  • 厚生省
    長は厚生大臣。
    医療や子育て、福祉、教育等に関する行政を所管する。
  • 文化省
    長は文化大臣。
    文化の振興、宗教事務、スポーツ関連事務などの行政を所管する。
  • 科学省
    長は科学大臣。
    科学技術の振興、学術の進展などの行政を所管する。
  • 軍務省
    長は軍務大臣。
    他国の侵略や大規模災害等からの国防政策を所管し、陸海空からなるトルキー軍を統制する。
  • 外務省
    長は外務大臣。
    外交に関する業務を所管する。
  • 国土省
    長は国土大臣。
    国土の開発・保全や交通、気象業務などの行政を所管する。

また内閣から独立した機関として会計検査院が存在する。検査権限は内閣に属する組織のみならず国会や最高裁判所にも及んでおり、行政機関の中では独特な地位を持っている。

司法

憲法により司法権は最高裁判所と法律によって定められた下級裁判所に属するとされる。
議会の定めた法律や内閣の命令が憲法に違反していないか審査することが出来、憲法違反と判断された場合直ちに失効する。
しかし憲法には司法は独立といった表記をされておらず、特定の政治団体に属する人物の裁判官への就任や指名を規制する法律もないため、各裁判所は様々な党の出身者がひしめき合っている。
通常の裁判は三審制によって行われ、最高裁判所の判断は行政機関の異議などによっても覆すことはできない。

政治政党

憲法によって「社会主義経済体制に反対する政党」は選挙への出馬を認められていないが、そういった政党であっても政党自体の存在は認められている。
それらの政党は反体制的な活動かロビー活動などの間接的な政治活動を行うことを余儀なくされる。
743年に憲法が改正され、選挙参加出来る政党の規定は従来の「健全な社会主義を構築することに賛同しない政党」からやや寛容と言える現在の規定となった。

  • 人民院・地方院双方に議席を有する主要政党
    • トルキー労働党(Türkiye İşçi Partisi/TİP)
      シンボルカラーは赤。国内においては中道左派とされる。
      初期は強力な独裁を志向していたが、諸外国を視察するにつれ民主主義を志向する政党へと変化し現在に至っている。
      建国時から636年11月以前の名称は「トルキー労働者評議会(Türkiye İşçi Konseyi/TİK)」。
      内戦による分裂状態をまとめ上げた実績を持つトルキーにおける社会主義の中心的な政党。社会主義経済と民主主義政治の堅持を志向し、そのためには暴力や階級闘争も厭わないとするやや硬派な主張を行っている。その来歴から党員数は国内で最大を誇る。
      党内には健全な社会主義経済のため民主主義政治の安定を優先する右派、社会主義と民主主義はどちらも不可分なものとし優越をつけない中道派、民主主義政治による社会主義経済の不安定化を警戒する左派の3つの派閥が存在する。
    • 社会民主党(Sosyal Demokrat Partisi/SDP)
      シンボルカラーは橙もしくは赤。報道などでは橙とされることが多い。国内においては中道とされる。
      内戦においては政治体制を巡り労働者評議会と対立した。
      社会民主主義を掲げ、独裁や暴力革命、階級闘争を否定する。民主主義の土台の上に社会主義経済が成り立つとして民主主義との衝突を生む可能性のある経済政策に反対するが、一方で公共事業の整備や産業改革など社会主義経済の維持・発展には協力的であり、また社会主義経済の過度な不安定化に繋がる民主化についても忌避する傾向がある。国防の強化など軍事・外交政策についても労働党と見解が似る部分がある。党員数は国内では二番目に大きい。
      党内では社会主義経済の発展を重視する経済派と民主主義のさらなる促進を図る民主派といったやや主張の傾向が異なる派閥が存在し、無派閥議員の多い中でも存在感を持ち党内の均衡を保っている。
    • 緑の党(Yeşillik/Ye)
      シンボルカラーは緑。国内では中道右派とされることがあるが、当てはまりにくい部分も多い。
      アンカラ大学の環境問題について研究するグループが元となった政党であり、識者を交え政治政党となった現在においても複数の専門家集団を有するアカデミックな政党である。環境への影響が大きい産業開発の反対だけでなく、農業・漁業の拡大、科学・教育分野への投資の増加といった主張も行い、更には多文化主義に基づく異文化保護や平和主義、草の根民主主義といった独特な主張も行っている。一方で社会主義そのものに関しては消極的か無関心であると言われることがある。
      他の政党とはやや異なる方向性のイデオロギーを持つことから、大きな政治的な流動がある中でも比較的安定した勢力を保つことが多く、地味ながら無視できない影響力を有している。
    • 共和人民党(Cumhuriyet Halk Partisi/CHP)
      シンボルカラーは紫。国内では中道右派とされることが多い。
      760年に従来までの「トルキー民主社会同盟(Türkiye Demokratik Sosyalist İttifak/TDSİ)」と「自由党(Özgürlük Partisi/ÖP)」他小規模な地域政党2党が合併し誕生した政党。
      社会主義経済下における個人の自由や権利を拡大させることを主眼とし、さらなる民主化の促進をその弊害も厭わずに行うことを主張する民主社会主義政党。社会主義経済の体制に民主主義の理念を組み込むことを提唱しており、生産計画策定の過程に労働者の直接の意見をより大きく取り入れることも模索している。党員数は国内では3番目であるが、上位との開きは大きく中堅政党として扱われる。
    • 公正党(Adalet Partisi/AP)
      シンボルカラーは青。国内では右派とされることが多い。
      820年代の党勢を失っていく共和人民党より離脱した議員らが835年に形成した政党。
      社会主義経済体制は民主主義の土台がなければ成り立たないとし、時に現状の体制を批判し真の民主主義の実現を強く求める社会自由主義政党。個人の良心と社会正義に基づいた体制を実現させることで国民全体が真に幸福な国家が完成されるとして個人の権利拡大も前面に押し出している。
    • 共産党(Komünizm Partisi/KP)
      シンボルカラーは赤。報道においては労働党を薄めの赤としこちらを濃い赤にすることが多い。国内では左派~極左とされる。
      636年11月以降の労働党の急激な民主化への舵取りに反発した党員らが離脱し結成された。
      社会主義経済の堅持を望み、民主主義政治による社会主義経済体制の不安定化を強く警戒する非常に社会主義色の強い政党である。農業・工業をトルキーの国是と位置づけ、農工業の地位向上や開発促進や、社会主義経済体制の強化のため生産計画の厳守や産業の集団化などを主張する。
      党内では従来の過剰な民主化を批判し社会主義の理念を忘れないよう主張する守旧派の他に、財産の共有化や憲法の社会主義色の強化など体制の中央集権化を主張する急進派が、743年に政治参加が合法化されたことに伴い共産党に合流し派閥を形成している。
  • 地方議会に議席を有する主要政党
    • 緑のクルディア(Yeşil Kürdia/YK)
      クルディア人による地域政党。
      クルディア人居住地域における緑の党の代弁者的な存在であり、地域一丸となった環境政策への取り組みを主張している。
      また民族政党としてクルディア人の自治権拡大も主張している。
      地域政党としては国内最大の党員数を誇る。地方院において緑の党とともに会派「チューリップ同盟」を形成している。
    • クルディア民主主義党(Kürdia Demokratik Partisi/KDP)
      クルディア人による地域政党。
      民主社会主義や社会自由主義の理念を受け継ぎ、クルディア人の権利拡大を穏健に実現させることを目標にしている。
      地方院において共和人民党、公正党とともに会派「自由と正義の会」を形成している。
    • 革命的マルクス主義研究会(Devrimci Marksist Çalışma Grubu/DMÇG)
      共産主義の地域政党。
      クルディア人、アルミニア人の共産主義の研究組織が合流発展し構成。
      少数民族地域において活動し、少数民族間での共産主義の浸透を目指している。
    • アルミニア民族共同体(Ermeni Etnik Topluluğu/EET)
      アルミニア人による地域政党。
      アルミニア人の自治権拡大を主張し、「トルキー人とアルミニア人が穏健に共存する新体制」を目指している。
      そのプロセスにおいて内部には自治県設置から自治共和国設置、更には完全独立まで様々な主張を行う分派が存在するが、現在は自治権の拡大を目指すという大筋の方針において一致している。
  • 選挙出馬が認められていない主要政党
    • 自由民主党(Liberal Demokrat Parti/LDP)
      760年頃まで存在した自由党の結成初期において、社会主義経済の支持を否定した党員らが離反し結成した資本主義政党。
      旧称は「自由党」であり、国政に進出した自由党とは自由党(右派)などとして区別した。
      社会に対する個人の自由の拡大を主張し、政府の経済への介入を縮小し経済は全て個人の良心に基づいた決定に委ねられるべきとしている。
      資本主義を掲げる政党の中では最大の党員数を誇る。
      主な活動はロビー活動、チラシ・ポスターの作成、資本主義談話の開講である。
    • 民主党(Demokrat Parti/DP)
      資本と平和の民主主義において過激路線を嫌った分派が結成した資本主義政党。
      主な活動はチラシの作成やボランティアへの参加、定期的な講座の開講などに留まっており、平和裏な資本主義経済体制への移行とそれによる「慈悲自愛に満ちた新社会の形成」を目指している。
      一方で組織全体には法に反する資産保有の噂が存在し、実際に検挙された者も存在する。
    • 資本と平和の民主主義(Özgürlük ve Barış Demokrasisi/ÖBD)
      内戦時代に資産を失った資産家集団らが結成した資本主義政党。
      現在の社会主義体制を「個人の自由を制圧し各々の人権をも剥奪せんと目論む腐敗」と位置づけ、その完全破壊と”資本主義新政府”の確立を目標とする。
      党内では指導部に資金が集中する体制が採られている。
      主な活動としては社会主義経済体制の妨害を目的とした生産施設の破壊、法に反する資産の保有、違法薬物の密売を行っている。
    • 民族党(Etnik Parti/EP)
      内戦時代の少数民族の独立過激派組織が合流発展し形成された政党。
      現在のトルキーの体制は少数民族差別に満ち溢れたものであるとし、トルキー人と少数民族が構成する諸共和国による連邦制に移行すべきだとする政党。
      現在の第四共和政の黎明期には社会主義経済体制を容認し、選挙参加するとともに議会に議席を獲得することにも成功していたが、ファシズム政策を掲げたことで673年に出馬を禁止され現在ではトルキー人への差別を行い時に暴行事件にまで発展する過激派組織へと変貌している。
      主な活動は少数民族居住地域における第四共和政打倒の喧伝、トルキー人への差別的チラシの作成である。
    • トルキー・アナーキスト連盟(Türkiye Anarşist Federasyonu/TAF)
      国家、軍など既存の権力組織の一切を否定し、自然な調和による社会の形成を主張する無政府主義政党。
      特に現在の社会主義経済体制について強く批判しており、資産の完全自己管理を要求している。
      主な活動としては、農場・工場・鉱山における生産活動の妨害や偽不動産関連書類の流布を試みている。

地理

国土の多くがケッペンの気候区分における地中海性気候に属するが、山岳部では気温が下がり高地地中海性気候や亜寒帯湿潤気候となる地域も存在する。冬には山岳部では降雪も見られる。
多くの地域において耐乾性の強い硬葉樹林が多く見られるが、冬の寒さが厳しい山岳部では針葉樹林がよく見られる。

旧世界時代にその原産地だったチューリップはフリューゲルにおいても栽培が続けられており、トルキーの主要輸出作物の一角をも担っている。
その他気候を生かしたオリーブやコルクガシ、オレンジなど加工向けや嗜好品向けの作物の栽培が多い。
主食の小麦は内陸部のやや乾燥する地域においての栽培が特に多い。沿岸部・内陸部共に小麦のほとんどは冬に栽培される。
家畜は乾燥を好む羊やヤギが飼育される。

文化

特徴的なものとして料理が挙げられ、かつて旧世界において様々な地方との交流があったことからそれぞれの特色を活かした郷土料理が誕生し、それが新世界においても嗜まれている。
一方で独自の文化から生まれた料理も同様に受け継がれており、その代表例としてケバブが挙げられる。
トルキー文化の代表としてよく挙げられることが多く、トルキーの一種の象徴的な存在にもなっている。
またイスラム教が主流の国家でありながら、トルキーでの宗教事情が非常に世俗化したものであるということから、飲酒は自由に行われている。

国民

トルキー人が全体の76%を占め、次いでクルディア人、アルミニア人、ギリシヤ人が少数民族として22%を占め残りは他国からの移民となっている。
特にクルディア人はトルキー内においてトルキー人に次ぐ多数派を構成しており、その構成は全体の18%であるとも言われる。

宗教

社会主義国家であるが、信教の自由が認められている。
トルキーにおける宗教形態は非常に世俗的なものとなっており、宗教に忠実な生き方を選択する敬虔な信者は少ない。
また政治の場では憲法によって厳格な政教分離が定められており、トルキーの政治家において宗教の話題は重大なタブーとなっている。
信仰する宗教別にはイスラム教スンニ派が最多であり、その他イスラム系他宗派や正教会が続く。世俗化によって宗教の重要性が低下したことで無神論や無宗教の支持者も一定確認される。
イスラム教が88.2%、トルキー正教会が1.5%、無神論・無宗教が8.2%、その他が2.1%となっている。
そのうちイスラム教の宗派は82.9%がスンニ派で、13.1%がアレヴィー派、残りの4.0%はその他の宗派である。

言語

公共語のトルキー語が多く話されているが他にはギリシヤ語、クルディア語、アルミニア語などがそれぞれの少数民族が多く住む地域において話されている。

軍事

通常の正規軍の他に、おおよそ150万人ほどの非正規軍が待機している。
成人した男子には3年ほどの兵役の義務が与えられており、この期間の経験を経ることで正式に軍隊へ加入するということも可能である。
良心的兵役拒否は認められていないが、徴兵検査の基準が厳しいために検査不合格となる者が多い。
緊急事態には主に兵役を満了した男子を中心に再徴兵することが認められている。