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セビーリャ自治政府

行政長官: ウーゴ・ガルシア・ロペス(857年5月~)
英名:Autonomous government of sevilla
首都:中部新首都
政治体制:統治委員会と自治政府
第一公用語:コーデクス語
第二公用語: ロムレー・フランス語 、スペイン語
歌:「科学の光よ、セビーリャに輝け」
人口: 3068万人(857年6月)
面積: 22.6万sq.Km
収支規模: 261兆9650億Va(856年)
主要産業:農業、畜産業

概要

セビーリャ地域は、626年にサルバドール元帥率いるスペイン系の住民が移住して開発された地域である。
その後、数々の政変、混乱、戦争を経て、リアライン条約(セビーリャの降伏及び解体に関する条約)をもって連合国の管理下に置かれた(共同管理区域セビーリャ)。
セビーリャ自治政府は、764年の自治拡大によって設置され、これらの定める範囲で一部の自治が委任された。

地理

歴史

出来事
7644 セビーリャ自治政府の設置と権限委任に関する宣言により自治政府が設置される。
ホセ・ペドラサ・バルデルラ氏が自治政府代表に就任
8 カルセドニー社会主義連邦共和国との銀貿易を開始
7654 カルセドニー社会主義連邦共和国ヘルトジブリール社会主義共和国レゴリス帝国との燃料貿易を開始
9警察予備隊発足。北西部に駐屯地を設置。
76810ユリウス王国が報道で「宣戦布告」
統治委員会による一時的措置により警察予備隊の人員制限を撤廃、7基地28万人規模に増強
11ユリウス王国陸上部隊の揚陸艇がセビーリャ海域に出現。
ロムレー湖畔共和国による攻撃により直ちに撃破される。
7765レゴリス帝国との銀貿易を開始
7775カルセドニー共和国及びレゴリス帝国に対し銀貿易量を増量
7833レゴリス帝国との食料貿易を開始
7844自治開始から20周年。司法権の独立など
78511ペドロ・プリド・トルヒジョ行政長官就任
7876ヘルトジブール社会主義共和国と食料貿易を開始。
7883ストリーダ王国と食料貿易を開始。
7921面積制限の上限を、24.0万㎢に緩和
4アントニオ・レオン・パレス行政長官就任
7トラハト=ラシュハ連合王国と食料貿易を開始。
7931普藍共和国と食料貿易を開始。
4カルセドニー社会主義連邦共和国と食料貿易を開始。
8005リアライン条約違反の面積上限の一時超過事案の発生。
8144自治50周年記念式典が開催される。
8339アントニオ行政長官死去。セレドニオ副長官が職務を代行。
暴動・大規模な住民逃亡が発生、非常事態宣言発令。(インフラ危機)
議会派サルバドール氏、自由党を結成
8576議会派・自由党のウーゴ・ガルシア・ロペス氏が行政長官就任
8604普蘭共和国との食料貿易を停止する。
燃料が一時枯渇。
燃料統計と食料需給統計を実施。

経済

セビーリャの基幹産業は農業、鉱業、畜産業である。最大の産業である農業は共同管理地区時代に建設された北東部と南西部の2か所で大規模に行われており、いずれもセビーリャ農業公社が運営している。国内向けの食料・飼料作物に加え、輸出向け作物の生産が行われている。現在は160億トンの食糧を輸出している。
鉱業は国内・輸出向けのウラン鉱山、完全輸出向けの銀鉱山がある。
畜産業は北西部に集中しており、国内向けの生産が中心となっている。

政治

668年の共同管理区域設置後、連合国の一つであるコーデクス共和国から派遣されたヤン・リンウェン博士の影響でコーデクス主義に基づいた統治が行われ、以後もセビーリャにおける支配的な思想となった。
764年の自治権拡大以降のセビーリャにおけるコーデクス主義は、CDXと評議会による政治と計画経済を目指す評議会派と、CDXを補助的な諮問機関とみなし議会政治と市場経済を重視する議会派の二つの派閥わかれ、行政府内や議会で両者の勢力が交互に政権を握る状態が続いている。

・ホセ代表時代(764-785)
ホセ氏は764年の自治開始とともに自治政府代表(現在の行政長官に相当)に就任。国土の開発や社会保障の充実により極めて高い生活水準と幸福度を実現したとして高い評価と支持を得た。また、警察予備隊の設置にも携わりセビーリャの安定を確立した。一方で原理主義的なコーデクス主義者として知られ、計画経済の追求を目指したものの農業生産の予測に失敗し、大量の食料を海に投棄し続けるなど非効率な資源配分に非難が出た。785年に退任した。

・ペドロ行政長官時代(785-792)
785年の試験において行政長官に就任した。元自治政府通商部長で経済・貿易分野に明るかったが、計画経済を志向するホセ氏とは対立することが多かった。議会派の有力者としても知られており自由な経済を目指し、経済分野での改革を行った。
ペドロ行政長官による農業生産の算出方式の変更、国内商品市場の開拓により、農業輸出と国内経済が拡大した。経済界を中心に支持が根強かったが、792年の試験で落選し職を追われ、政界を引退した。

・アントニオ行政長官時代(792-833)
792年の試験で行政長官に就任。都市開発の分野での功績が広く知られていたほか、積極的なメディアへの出演で市民の人気も強かった。
中立に近い穏健な評議会派で就任前期には、ペドロ行政長官時代の路線を踏襲し食糧輸出を拡大するなど現実的な政策運営が行われていたが、800年のリアライン条約違反の不祥事以降、政府内で議会派が勢力を増し互いに対立するなど政治的に不安定な状況が発生した。この間アントニオ行政長官は、評議会派へと傾倒していき、814年の自治50周年式典での演説では評議会派としての立場を明確にした。
814年以降、CDX権の強化と計画経済の実行を目指したが、政府内の対立が深まる結果に終わり行政能率は更に落ち暴動や市民の逃亡が発生するなど、セビーリャは混乱状態に陥った。833年8月、93歳で死去。セレドニオ副長官が職務を代行した。

・セレドニオ副長官時代(833-857)
アントニオ行政長官の死去を受け、セレドニオ副長官が職務を代行した。穏健な議会派である同氏は早期の治安回復とインフラの復旧、内紛の中断を成功させた。

・ウーゴ行政長官時代(857-)
自由党所属の議会派有力者。行政機構の構造改革を模索している。

行政機構

民族・文化

セビーリャ人はコーデクス語を公用語とし、 無宗教の住民が多い。
建国からセビーリャ自由共和国時代までは、住民のほとんどがスペイン系住民でスペイン語、スペイン文化を持っていた。第二次セビーリャ戦争後はそれまで国民に大きな政治的社会的影響を与えていたセビーリャ十字教会の解体や公用語のコーデクス語への変更、コーデクス主義的政治の導入などで大きく変容した。共同管理区域時代から自治開始初期にかけては、行政文書向けにはコーデクス語月会われたものの、民間レベルではスペイン語の使用がほとんどであったが、近年は、官民ともにコーデクス語を使用するようになっている。

軍事

共同管理区域時代には、連合国軍が駐屯し防衛を行っていた。自治政府が発足した翌年の765年には警察予備隊が発足し、地域の治安維持と防衛を担うようになる。さらに766年のユリウス危機を受け、当初の2基地8万人から7基地28万人へ増強が行われた。現在は20万人規模の隊員を有している。
部隊は歩兵部隊と砲兵部隊を有しており。装備はロムレー軍のものを使用している。

外事

リアライン条約第六条にのっとり、セビーリャの外交上の代表権は統治委員会が保持している。

司法府から出域を制限する処分を受けているのでない限り、渡航先から適法で有効な査証その他入国許可等を取得しているセビーリャ住民が、事前申請なしに通常の出域審査のみによってセビーリャ地域を出域し域外へ渡航することを認めるられている。
また、域外渡航から帰還したセビーリャ住民およびセビーリャ地域での短期滞在を希望する非セビーリャ住民のセビーリャ地域への入域審査についても、特別な事情のない限りはロムレー本国の入国審査に準じる。
リアライン条約第六条に基づく外国人のセビーリャへの入域申請手続きについて、その申請には現状では統治委員会の窓口(セビーリャ域内にアクセスすることは当然不可能なので、事実上本国所在の窓口のみ)に直接来庁することを必要としているが、短期の滞在である場合に限り、各国に現存する利益代表部(つまり、在カルセドニー、在ストリーダ、在ヘルトジブリール、在バルバロッサ、在レゴリスの5つのセビーリャ利益代表部)に開設される窓口を通して統治委員会に申請することが認められている。
自治政府は、通商上の目的のため第三国に利益代表部を置くことが、セビーリャ自治政府の設置と権限委任に関する宣言によって許可されている。
通商が活発になったことを受け、814 年には「セビーリャ地域への他国代表部設置の許可に関する布告」においてさらに、外国がセビーリャ地域に利益代表部を置くことが可能になったが実際に設置された例はまだない。

統計

860年臨時調査の確定分。
6期あたり4624万ガロンが不足していることが明らかとなった。
前回の調査(794年)後、輸出を増加させたことに加え、域内消費量が7860万ガロン増えたことにより、燃料の枯渇が起きた。

861年調査分。総生産量は246億3904万トン、農業人口は2300万人。前回の調査(800年)より、農場生産量は微増の一方、大樹生産は34.39%にあたる14億7143万トン減少した。また、普蘭共和国向け30億トンの輸出が減少した。

追記(862年5月下旬)
カルセドニーへ食料20億トン追加輸出。