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オセアニカ・アースガルド戦争

概要

489年12月、レストア共和国がアクアマリン艦隊を攻撃する事件が発生した。
アクアマリン王国側はこれを敵対行為と認識し、レストア政府に対して謝罪を含めた六か条の要求を突きつける。
レストア政府は要求を拒絶、アクアマリン王国に宣戦を布告した(レストア戦争)。この戦争中、ノイエクルス連邦は報道などで周知の上、レンドリースとしてレストア共和国に軍需物資を援助した。
戦後、アクアマリン王国はこれを問題視しノイエクルス連邦に謝罪を要求、ノイエクルス連邦側はレストア共和国防衛と外交の自由という大義を掲げ要求を拒絶した。
アクアマリン王国はノイエクルス連邦の行為を敵対的行為と見なし、490年11月19日ノイエクルス連邦に対し宣戦を布告した。アクアマリン王国と相互防衛条約を結んでいたATO諸国もこれに参戦し、73年戦争以来絶えて久しかった大規模戦争が勃発した。

各国での呼称

ノイエクルス連邦(正式呼称) 大祖国戦争
ノイエクルス連邦 オセアニカ・アースガルド戦争
レゴリス帝国491年戦争
ティユリア連合王国 491年戦争
大幹帝国(正式呼称)庚午護国戦争
大幹帝国庚午洋乱
ミッドガルド帝国アクアマリン・ノイエクルス戦争

陣営

連合軍オセアニカ条約機構
アクアマリン王国
ミッドガルド帝国
レゴリス帝国
クルジスタン王国
ティユリア連合王国
聖マズダー教国(途中参戦)
ノイエクルス自由国
南瓜共和国
ブリュノール共和国
大幹帝国

経過

490年11月 アクアマリン王国、ATO諸国(エルジア共和国を除く)、ティユリア連合王国がOTOに対し宣戦布告
491年1月 大幹帝国が相互防衛に基づきOTO側に参戦
492年2月 聖マズダー教国が相互防衛に基づき連合国側に参戦

戦況

ATO諸国は予てより世界的に見て大規模な軍事力を擁する軍事同盟であった。連合国側の総軍人数は500万人以上、軍事衛星は3機を擁する。
一方OTO諸国の総軍人数は100万人前後、軍事衛星は1機だけと軍備は非常に貧弱だった。なお悪いことにOTO諸国は砲弾の備蓄が不十分で、総砲弾備蓄ではATO諸国の10分の1程度だったのではないかと思われる。
この状況下、レゴリス帝国、ミッドガルド帝国などATO主力国の攻撃はノイエクルス自由国に集中する。
ノイエクルス自由国側も反撃を試み、ノイエクルス連邦軍はミッドガルド帝国の首都を一時壊滅させ、ミサイルによる反撃を行ったが敵の砲撃規模が2~3倍という状況では有効な攻撃を行うことは難しく、戦略の主軸を衛星レーザーによる軍司令の破壊と上陸戦に切り替えざるを得なかった。
一方参戦国の中で一番国力が低く、龍鮮戦争の傷跡からも完全に立ち直っていなかった大幹帝国は開戦後、アクアマリン領レストアに対し大規模な奇襲攻撃を敢行、同国軍を壊滅に追い込んだ。
技術的・兵力的劣勢を優秀な将軍たちの指揮や(白善仁陸軍元帥・伊坂三依海軍元帥など)や下士官たちの練度で補い、「レゴリス本土の山越え」という大戦果を挙げたが、連合側の圧倒的な航空戦力による空襲により全土は焦土と化した。
戦況は連合国優位に進み、連合国はOTO諸国に無条件降伏を求める「アドリア宣言」を発表するもOTO諸国が賛同することはなかった。「アドリア宣言」受諾以外の終戦シナリオを連合国側が提示できなかったことから戦況は泥沼化の一途を辿り、各国の若者が上陸部隊として送り込まれた先で悲惨な死を遂げたことは、無条件降伏以外のシナリオを検討しなかった首脳部の無策に責任が帰される。
惨状を見かねたルーシェベルギアス公国により停戦と講和の呼びかけが行われ、各国がそれに応じたため順調に講和を結ぶことができるのではないかという期待が各国の間で高まった。~しかし講和会議中にもミッドガルド帝国から大幹帝国への攻撃は止まず、その非人道性を各国が非難したあたりから雰囲気が一変、連合国側全権のレゴリス帝国が、会議の冒頭でルーシェベルギアス公国から示された「無賠償」の原則に従うつもりはないと宣言したことで会議は打ち切りとなった。
会議中から醸成されていた停戦ムードは会議打ち切り後も続き、ノイエクルス自由国が長期停戦条項案を発表するなど停戦に向けた動きも見られた。~そんな中アクアマリン王国が突然崩壊したことで、アクアマリン王国との相互防衛条項を参戦のよりどころとしていた連合国側では戦争継続の大義が失われた。各国は個別にOTOと講和条約交渉を行い無賠償の形で講和を締結した。