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第2回議会中間選挙実施 他

937年6月6日付

【政治】第2回議会中間選挙実施 社会民主党敗北へ

<イグナイト・タイムズ>

934年7月に署名が行われた大統領令第34号『第2回議会の中間選挙の実施』に基づく第2回議会の中間選挙が937年5月に行われた。

署名に当たり、プロシネチキ大統領は「真の社会民主党政権の実現」を訴えた。これは第2回議会の7割が自由党に支配されたままという状況を指摘したもので、931年の就任時よりかねてより社会民主党関係者より求められていた物が実現した格好となった。

一方で議会の多数派であったセニオリス自由党の進歩派はこれに反発し、ダリオ・ヴィドヴィチ副大統領を中心に据えた「影の内閣」を組織した。これは憲法上の規定に基づき中間選挙後の大統領不信任による代行の任命を狙ったものであり、選挙戦は副大統領を軸に据えた”真の自由党左派政権”の実現か、あるいは大統領を軸とした”真の社会民主党政権”の実現かの2択に焦点が置かれることとなった。

こうした二党対立の選挙戦は激戦となったが、最終的にセニオリス自由党が合計で170議席を獲得し21議席増、一方の社会民主党は22議席で15議席減となり、セニオリス自由党の勝利となった。

この結果を受けて大統領は敗北宣言を行い、「国民は”社会民主主義”ではなく”社会自由主義”を選んだ」と進歩派が掲げていた公約を元に選挙戦を振り返った。また選挙後の不信任決議に関しても「決議案は議会の判断の裁量だが、次期政権への引き継ぎは平穏に行われなければならない」と自由党政権の発足を容認した。

一方でセニオリス自由党は進歩派が単独で125議席を占める大勝を収めた。「影の内閣」の大統領代行であり、また今回の選挙戦においても旗振り役を担ったダリオ・ヴィドヴィチ副大統領は「政権移行に向け準備を速やかに行う」と表明。また、自由党議会議員団長は「早ければ議会の招集とともに(政権)交代となる」とし、不信任決議案の速やかな採決を目指すとした。

6年間の社会民主党政権を経て政権の椅子はセニオリス自由党に戻されることとなった。進歩派が新たに打ち出した”社会自由主義”を支持した国民は、新政権の応えを注視している。

【政治】社民党政権崩壊 ヴィドヴィチ大統領代行の人事を読む

<新セニオリス通信>

937年5月の第2回議会中間選挙において、セニオリス自由党は6年前の雪辱を見事果たすことに成功した。同党の進歩派が過半を占めるという圧倒的な議会情勢を元に速やかに不信任決議案は可決され、プロシネチキ大統領は失職することになった。

変わって議会はプロシネチキ政権で副大統領を勤めていたダリオ・ヴィドヴィチ氏を大統領代行に任命。中間選挙の結果に基づいて「真の自由党左派政権」が現実のものになることになった。進歩派出身である彼は同じ進歩派が圧倒的多数を占める議会と連携し、人事は速やかに完了した。今後の6年間の共和国を担う大統領補佐団の人事を以下に示す。

役職名前所属
副大統領
外務長官トミスラヴ・シュカレセニオリス自由党(進歩派)
防衛長官ドナ・メシッチセニオリス自由党(進歩派)留任
法務長官ドゥブラフカ・ショラセニオリス自由党(進歩派)留任
財務長官エレナ・アライベクセニオリス自由党(進歩派)
内務長官ブランカ・ブラジェビッチセニオリス自由党(進歩派)留任
国土開発長官ラヴォスラフ・トムリャノビッチセニオリス自由党(進歩派)留任
教育科学長官アンテ・ガレシッチセニオリス自由党(進歩派)
経済産業長官ヴェスナ・タイチェヴィチセニオリス自由党(進歩派)留任
資源・エネルギー長官ドゥブラフカ・グルバッチセニオリス自由党(共和派)
運輸衛生長官フラニョ・シカティッチセニオリス自由党(進歩派)留任
農務環境長官イーヴォ・ミラノヴィッチセニオリス自由党(進歩派)
労働長官ヴェスナ・リンドヴァルセニオリス自由党(進歩派)留任
行政改革長官ドゥブラフカ・マタチッチセニオリス自由党(進歩派)

新たな大統領補佐団は副大統領を主軸にした「影の内閣」の構成をほとんど映したと言えるものであり、進歩派が圧倒的な勢力を占める現況を反映する形で進歩派以外からの出身者がわずか1名という明白な”自由党左派政権”となった。進歩派出身の長官はすべて留任となり、社会民主党及び共和派出身者の空いた隙間を更に進歩派が埋めた格好だ。

共和派に僅かに残された資源・エネルギー長官の地位もまた留任とはならず、ドゥブラフカ・グルバッチ氏が新任された。この人事も政策筋によれば「共和派の中でもより進歩派に近い者に交代した」と言われ、「名目上共和派に配慮して自由党のバランス維持の姿勢を示した」とはある進歩派関係者の言である。

プロシネチキ政権の財政出動を阻む”壁”となっていた財政長官についても、政権移行と共に当然のごとく進歩派に交代した。
また、規定に基づき空白となっている副大統領に代わり大統領補佐団の総合的なポストを担う役職として「行政改革長官」が設置された。大統領は設置にあたり「省庁機能の見直しなどの議題を俯瞰的視点から見つめる」としており、大統領代行の肝いりの政策実現の中心的な役割を担っていきそうだ。

これらの人事を受け、ある識者は「社会民主党と自由党進歩派の党派対立によって冷温停止状態にあった社会保障に関する議論が本格的に始まる」と期待する。別の分析では労働長官が担当する省庁として「労働省」の設置が行われるとの見方もあり、社会民主党政権のもとで進歩派が棚上げしてきた政策パッケージが実行に移されそうだ。

一方で、別の識者は「あまりの進歩派偏重により、セニオリス自由党に軋みが生じている」と指摘する。事実プロシネチキ政権下で漠然と形成された進歩派-共和派の連携は、大統領補佐団の人事において事実上崩壊したと見ることも出来、また第二派閥である自由派は最後までその人事に関わることは出来なかった。ある党関係者は「党に留まる限りはダメだ」と分党の可能性を示唆しており、一派閥の圧倒的勢力の影で自由主義の総合商社としての自由党は岐路を迎えつつ有る。

ヴィドヴィチ政権は今後の6年間をそして自派閥が単独で議会の過半数を占めるという盤石の布陣で担っていくこととなる。既に942年の大統領選挙への挑戦を望む声も聞かれるが、ヴィドヴィチ大統領代行は潜む不穏な影を乗り越え停滞していた行政改革を力強く推し進めていく事ができるのだろうか。

その他

  • 【政治】ヴィドヴィチ大統領代行、大統領令第40号『省庁役割の再検討』に署名 行政改革の一歩目として(北方セニオリス新聞)
  • 【社会】労働組合組織の結集構想、協議続くも利害対立で難航 「早くても940年代以降」(労働者ネットワークニュース)
  • 【国際】神聖ガトーヴィチ帝国が成立 「社会主義の台頭が却って右派の結束生んだ」識者分析(ヤドラスコ・グループ) 

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