※本記事は貿箱アンソロジーです
本虚構世界における歴史は813年6月、有志連合国がEDTOの強力な連携攻撃の前に膝を屈した時点より捻じ曲がりました。
世界はやはり史実との乖離がある状況で進んでいますが、歴史の修正力により一定の要素はかろうじて共通しているようです。
これは、ある国際的組織に参画するガトーヴィチ大使のとある1日を追ったものです。
帝国主義連合国を破壊し、資本主義を尊重する国家として繁栄を謳歌する彼の国の姿を見つめてみましょう。
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820年両院同時選挙実施
820年はトルキーでは異例の両院同時選挙が行われる選挙の年となった。
焦点となったのは「開国後の外交政策」についてである。
現在トルキー国内においては自国経済に注力し限定的な外交を行うことで持続可能な国家体制を築き上げる「永続国家計画」の修正・廃止が目指されており、開国後の混乱を最小限に抑えるための努力が関係省庁において続いている。
しかし永続国家計画発動前より国防の根幹を成していたサンサルバシオン条約機構は、軍事代表を担っていたヘルトジブリールの813年戦争での敗北に伴う軍縮により混乱状態となっており、与党内の方針の対立もあり外交活動再開以降の見通しについては白紙に近い状態だ。
(中略)
820年の両院同時選挙は労働党と共産党の主張した「同盟国最重視案」、社会民主党が独自に発表した「国際協調案」の事実上の一騎打ちとなった。
左派政党が支持を集める近年の傾向に合わせて前年の上述のギュルセル氏の発言が注目を集めていたことにより、「国民の信を問う」として異例の同時選挙に踏み切ったアクス首相の判断に「自死行為だったのでは?」と恨めしい声を上げる党関係者も見られた。
(後略)
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社会主義者の発言はいつも鬱屈とさせられる。
外ではB恒星の鈍い晴れが広がる中、私は馬蹄形のテーブルの一角に座り奴らの発言に耳を傾けている。
帝国は栄えあるエルドラード条約機構より派遣された同盟理事国として彼らのあらゆる提案に対する拒否権を有している。
この場で「否認」を行えば、今すぐにでもこの通常の論理とはかけ離れた方々のご発言を見合わせとさせていただくことも出来るのであるが、これは隣席する別の社会主義者にも同じことであるから乱用は控えている。このような小競り合いは無益だ。
「…であるから、本決定案はあくまでもミルズ人民の生活向上に資するためのものなのであって、資本主義や社会主義といったイデオロギー闘争とはかけ離れたものであることをくれぐれもご理解いただきたい…」
現在発言している社会主義者は中柄の、白髪の入り混じった髪と黒い瞳を持った若干年季の入った女性だ。女性と外交の場で相対するたびに、813年戦争のフレズヴェルク講和会議の模様を写した写真を思い出す。そこにおける帝国と相対した女性はあまりに年齢に不相応な外見を有していた。会議に出席した時の外務大臣が後の自伝において「帝国が敗北していた場合、後では彼女らの国と交渉することになっていたと思うと悪寒がする」と率直に記したその想いが身にしみる。発言中の女史はそれに比べればだいぶ”良心的”だが、起草段階より出席するベテランであることを考えればこれもまた不相応なのかもしれない。
女史の国はスラヴ同胞の威厳ある国の跡を引き継ぎここに派遣される立場となったようであるが、いささか力不足であるように思えてならない。個別の外交を見れば実績は女史の国でなく同盟国のものであるし、その同盟の構成国も3カ国を割りかねない状況に陥っている。隣席の社会主義者も、そして女史本人でさえも感じるところは同じであろうに、帝国からの助言に耳を傾けたことはこれまでに一度も無い。社会主義者の考えは理解不能だ。
女史の発言が終わると、隣席の者と同じくどこか中性的な議長が発言を求める。場の視線が私に集中した。ここの創設当初より続いているよくある構図だ。
鬱屈な気分を立て直し、発言を開始する…
「ガトーヴィチ帝国を代表し、意見を申し上げます。本決定案につきましてはあからさまに社会主義的と言わざるを得ず、ミルズ市民の開放的生活を願う帝国としては遺憾ながらこれに反対せざるをえません…」
先程の女史は表情を変えずに水を口にした。隣席の者は常備薬を取り出し席を立った。同盟国は腕を組み静かに頷いた。これもまた見慣れたものだ。
私の発言が終わると場は予想していた通りの重苦しい雰囲気に包まれる。
発言中に戻ってきていた隣席の者は薬の飲み合わせを誤ったか青ざめた顔で震えている。どこかから歯ぎしりが聞こえる。議長が他に発言がないか問うと、先程の女史が発言を開始する。審議の始まりだ。
「…先程、ガトーヴィチ代表は『社会主義的』と指摘されたが、私がその以前に発言したとおり、本決定案は資本主義や社会主義といったイデオロギー闘争とはかけ離れたものであり、その指摘は完全に誤りであると言わざるを得ない。貴殿はミルズ人民の生活向上について反対なされるとの認識でよろしいか。」
「…『ミルズ人民の生活向上』を強調なされますが、その実態は明らかに社会主義の導入であります。これはミルズ市民の開放的生活を著しく阻害するものであり、貴国が主張される生活向上とは全くもって逆の作用を及ぼすということを改めて指摘させていただきます。」
審議は完全に平行線だ。帝国が懸念する社会主義的決定案が修正されない限り我々が賛成することは一切ないが、その修正を行う気が相手方にはないのだから当然の話だ。
顔色の優れない隣席の者など複数の代表を交えて不毛なやり取りが続いた後、決定案は採決に移った。中性的な議長が結果を取りまとめる。
「本決定案は賛成3(カルセドニー社会主義共和国、中夏人民共和国、トルキー社会主義共和国)、反対2(ガトーヴィチ帝国、セニオリス共和国)、棄権1(ローレル共和国)を受け、ガトーヴィチ帝国の拒否権発動を持ち否決されました。」
青ざめていた隣席の者は議長が言い終わるや否や離席していった。私は未だEDTOの団結力が健在であることに安堵した。同盟国の代表と目線を交わす。表情は伺い難いが、同じように安堵しているようだった。
続いて、我々が提出した決定案の審議だ。形勢は全くもって逆となる。水を飲む女史の説得を行えるかが争点だ。
「ガトーヴィチ帝国を代表いたしまして、本決定案について説明させていただきます。本決定案はミルズの将来を見据えた開放的社会の実現に向け幾ばくかの組織改革を行うものでありまして…」
「…ガトーヴィチ帝国提出の決定案ではミルズ社会の開放を謳うが、ミルズ人民の意識状況は到底十分なものであるとは言えず、同地域が国家主権喪失に至った状況を再現するのみに終わるのではないか。」
「…開放的社会は市民意識の向上を促進します。将来を見据えた市民教育の一環において、現行の社会ではそれを十分に為すことはできません。本決定案は将来のミルズ地域がどのような形態であるにせよ必須のものでありましょう。」
やはり、不毛な審議である。私の最初の発言中に隣席の者は体調を治し戻ってきたようだが、再び青ざめて震えている。
時間のみが過ぎていき、決定案は採決に移された。議長が結果を公表する。
「本決定案は賛成3(カルセドニー社会主義共和国、ガトーヴィチ帝国、セニオリス共和国)、反対2(中夏人民共和国、トルキー社会主義共和国)、棄権1(ローレル共和国)を受け、トルキー社会主義共和国の拒否権発動を持ち否決されました。」
私は深く息を吐いた。やはり、社会主義者の考えは理解不能だ。同盟国の代表も同様の考えのようで頬杖をついている。あれ以上何を譲れというのだろう。やりきれぬ思いをメモに書きなぐる。
とはいえ、これらは元来より予想できたことであった。審議対象の決議案や決定案が無くなったことでこの場は閉会が議長より宣言される。私は議長宣言の僅かな合間を縫い発声する。
「もう、結構」
瞬間、議長が宣言を止める。場のほとんどの人物が驚きこちらに視線を移す。私は同盟国の代表と一瞬呼吸を合わせ、議長が制止に入るすんでのところで次の言葉を繋げる。
「我々エルドラード条約機構構成国は、フリューゲル国際連合からの離脱を宣言します。」
隣席の者は口元を急に膨らませ、袋を取り出すと口に当て椅子の影で丸まった。場は騒然となり、怒号も飛ぶ。議長は口を開けたまま静止している。
私はその腑抜けた様を一瞥すると、同盟国代表と再び呼吸を合わせて席を立った。議長が慌てて閉会が終わっていない旨を伝えてくるが、構わず退場する。
“三国馴れ合い”などと後ろ指を指される時代はもはや終わった。栄えあるEDTOは市場経済の繁栄を目指し歩んでいく。我々を止めるものはもう無い。全世界の市民が市場原理の甘美を享受するその日まで、我々は何事にも屈することなく歩み続けるのだ。
ガトーヴィチに栄えあれ! 万歳!
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【速報】連合よさらば!我が代表堂々退場す
(ポリーナ16年-881年-12月、帝国新報電)ヴェニス株式会社統治領において開催されたフリューゲル国際連合安全保障理事会は18日、例年通り分断状態となり、トルキー社会主義共和国による拒否権発動によって一切の機能が停止状態へと陥った。この会の締めくくりにおいて行われたミルズ地域統治委員会の決定案においては社会主義者より我が国の再三の修正要求にも関わらず提出が強行された決定案を帝国の拒否権発動により阻止。最大限に譲歩された対案がトルキー社会主義共和国の拒否権発動によって否定されると、帝国を含むEDTOより派遣される理事国の2代表は国連の役割が完全に破壊されたことを確認し、その場においてフリューゲル国際連合からの脱退を宣言した。
同日中にはEDTO構成各国の外務省から国連事務局に向け正式にフリューゲル国際連合憲章の承認取り消しが通告され、ここに脱退は成立した。
威風堂々と会場を後にした帝国のヴィチェスラフ・イヴァーノヴィチ・プズィーリェフ国連大使は「国連は社会主義によって完全に崩壊している。我々エルドラード条約機構は、我々自身の手で国連憲章が謳う平和愛好理念を実現していくことを宣言する。」と語った。
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【社会】国連統治体制の存続に関する意見調査存続否定派が存続肯定派を上回る事態に
882年5月、我々はミルズ市民一万人を対象に「国連統治体制は必要であるか」という質問による意識調査を行った
その結果「国連統治体制は必要ではない」と答えた市民が全体の8割に及び「国連統治体制は必要である」と答えた市民は全体の一割に留まる結果となった
否定派の市民は本紙記者の取材に対し「発足当初には特に問題はなかったが時代の流れと共にミルズに資さない可能性が2つの決定案の否決という形で実証された以上国連統治体制は廃止すべきだろう」と答えた
また別の反対派市民は「そもそも旧皇国が事実上滅亡する事態の発端となった政党会の出現は皇政を求める過激派が内戦を起こしたが故であり過激派や市民の不満に対し有効に対処できない国連統治体制はいずれ新政府が創立されるであろうこの地域にとって障害でしかなく廃止したほうが良いのは明白である」と答えているほか
容認派の市民は「2つの決定案の否決の主な原因は案を提出した双方が譲歩を取れなかったことに原因があり体制そのものは無関係だ
そもそも独立するにしても地域情勢に特段の改善がもたらされていない以上一概に「国連統治体制廃止」を唱えるのは危険である」と答えている
ある否定派の市民は「健全なミルズの創立の為には国連統治体制をさっさと破壊してしまったほうが得だ」と答えたほか
また中立派のある市民は「国連統治体制という制度は最早ミルズの杖となっていると言える制度として廃止させる場合においても廃止のために解決しなければならない問題が多すぎるのは確かであり仮に廃止させるとしても条件付きにせざるを得ないだろう」と答えている
文責:リアス・ジェファーソン(Rias Jefferson)ミルズ地域籍 (※無編集)
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備考
フリューゲル国際連合安全保障理事国
・カルセドニー社会主義共和国(「国際交易協力機構及び神聖なる協働的國家聯盟」を代表する同盟理事国)
史実とポジションはそう変わりがないが、813年戦争より時が過ぎてもなお根深いイデオロギー対立を前に史実以上に胃痛がヤバすぎて吐いている。かわいそう
・ガトーヴィチ帝国(「エルドラード条約機構」を代表する同盟理事国)
813年戦争において有志連合を下し、EDTOの偉大なる構成国として活躍する物語の主役。カイザーライヒ(注:WW1において中央同盟国側が勝利したとするIF創作)のドイツ帝国的ポジション。
資本主義国家としての意地を見せており、左派躍進の第38回選挙では軍事クーデターにより資本主義体制の堅持が図られた。これにより共産党・社会民主党は共に組織が壊滅状態となっている他、君帝権限が復活している。あんまり良くないような…
・トルキー社会主義共和国(「サンサルバシオン条約機構」を代表する同盟理事国)筆者 813年戦争当初は鎖国状態であったため被害を免れる。ヴェールヌイに代わって、政治代表のポジションに就きSSpactを取り仕切る。この世界においてはヘルトジブリールがフレズヴェルク体制下にあったために有効に力を発揮できる状況でなかったことで、代表として出てきたようだ。史実より左派伸長が著しく、資本主義への警戒感が強い。何やってんのさっさと理事国の椅子譲りなさいよ
・ローレル共和国(一般理事国)
いわゆる「SLCN推薦枠」。SLCNのポジションは史実と概ね変わっていないためにここにいる。歴史の修正力ってすごいね(思考停止)
・中夏人民共和国(一般理事国)
いわゆる「WTCO推薦枠」。かつてのFENA及びレゴリス帝国中心の陣営が崩壊した後で、目立った候補国が見つからず指名される。この世界ではガトーがWTCOに居ないのでそらそうなる。EDTOに対する経済制裁はいまだ継続中であり、明確に警戒感を示している。オリスが存続しているこの世界ではブチギレて退室する事案も起こらないため入れてみた 反省しません
・セニオリス共和国(一般理事国)
いわゆる「EDTO推薦枠」。エルドラード条約の締結を主導し、813年戦争への勝利を通じて一陣営として成長させた名士。ルッコラが繁茂することもなく元気にやっている。ようは、オリスは自分が負けたからルッコラだの言い出したんやろ?負けないこの世界では存続してるっていうことよ
その他
理事国の政情はどのようであるか。それぞれの大使はどのように考えどのような使命を持っているのか。物語の外、裏ではどのような動きが生じているのか。名前も出てこない国は何をしているのか。想像が膨らみます。私の想像力では及びません。
これを執筆するにあたりいただいた設定を示します
・ヴィチェスラフ・イヴァーノヴィチ・プズィーリェフ=フリューゲル国際連合ガトーヴィチ帝国政府代表部特命全権大使・ガトーヴィチ帝国政府常駐代表(Вячеслав Иванович Пузырев)
高校卒業後、イヴァングラート帝国大学に入学。
学生時代の自主ゼミナールで、残滓スラヴ主義に触れるが、社会主義体制に関する警戒心の欠落を見抜き、ガトーヴィチ帝国の精神を真に守ることができるのは、スラヴ主義ではなく反共主義であると確信するようになる。
外政省に入省後、駐トルキー大使、駐フェネグリーク大使を歴任。社会主義・帝国主義双方との外交経験を元に、「ポストスラヴ主義としての反共主義」を上梓する。
ありがとうございました!