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労働党レテン、大統領選勝利

876年12月18日付〈中央通信〉

 12月17日に投開票が行われた862年憲法下2回目の大統領選挙は、大方の予想通り労働党の支持を受けたレテン・ウェストカーネリアン前中央処理委員長の勝利が確実になった。レテンは本来の労働党支持基盤である北部3州を確実に押さえ、首都クリソプレーズにおいても前回選挙とは異なり高い支持を集めた。キウィク大統領は連合党の支持基盤であるエラキス・ガーネット両州とクリストバライト市以外全ての選挙区を落とし、大統領の椅子を明け渡すことになった。

選挙区選挙人数レテン支持率キウィク支持率
ウェストカーネリアン州763.1%36.9%
エライ州662.0%38.0%
アゲート州554.0%46.0%
エラキス州726.0%74.0%
ガーネット州933.9%66.1%
クリソプレーズ特別市358.1%41.9%
クリストバライト特別市321.2%78.8%
東ジャスパー準州177.3%22.7%
獲得選挙人合計412219

 選挙戦における焦点となったのは改憲であり、議会3分の2を押さえる労働党の発議に対してキウィク政権が今後6年間拒否権を有し続けることの是非が主要な争点になった。労働党は委員会へのさらなる権限の集約を可能にする改憲こそが共和国の経済的・政治的安定をもたらすと訴え、経済的地位の高い地域での支持を広げた。連合党は逆に改憲案を地方分権の破壊と官僚機構の独裁権力を招くと強く批判し、労働党改憲案を「サンディカリスムを放棄してカルセドニー革命の本義を失わせるもの」とまで言い切ったが、これらの主張は旧来の基盤である南部で支持を伸ばすにとどまった。
 労働党は結果が明らかになると直ちに声明を発表、877年前半には議会で改憲を発議、年末には国民投票における承認を目指すとした。764年憲法のある種の「アップデート」に過ぎなかった803年、862年憲法とは異なり、877年改憲が成されたならば、共和国の国家体制は大きな変容を遂げると見込まれており、今回の選挙結果はその始まりを示すものとなるだろう。

ユハル氏、政界引退を表明

 大統領選挙の結果が明らかになった17日深夜、ユハル・ツァボライト外交委員(元外交委員長、国連大使など歴任)は正式に政界を引退することを表明した。798年生まれで今年78歳となる年齢の都合や、改憲の成立と労働党の解体が迫る中で自らの役割は終わったと判断したことなどを理由としている。
 829年末から外交委員長を務めたユハル氏は「国際の正義」をモットーに非陣営外交を広く展開、自らの〈赤光〉紙への社説が普蘭ライン危機の一因となるなどの危機にも見舞われながら、フリューゲル平和原則条約起草委員会においてカルセドニー代表を務め、フリューゲル国際連合の発足に最大の貢献を果たした。検事であった祖父ユハン・デマントイドから引き継いだ正義感は過激と見なされることもあり、864年次の大統領選挙において労働党候補として出馬した際には連合党キウィク・ムトロライトに破れる原因となった。しかし、カルセドニーの政界はこの40年余りユハル氏を中心に回ってきたと言っても過言ではなく、その引退は政界における敵味方と関わりなく惜しまれている。

【社会】ウェストカーネリアン港検疫所、大量の椅子を没収。イスタシア産木材が混入か。
【社会】クリストバライト市で大規模なボードゲーム大会。海外からの参加者も多数。
【国際】WTCO、880年代の一般理事国を調整できず。ローレル共和国が引き続き務める見通し。

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