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【形式主義的よもやま話】2. 第812回帝国議会臨時会

形式主義的よもやま話 1.「О голубом цвете 水色について」はこちら

国会議事堂外観

ガトーヴィチ民主帝国はユジノズヴェズダー県に屹立する国会議事堂は、630年竣工、ネオ・バロック様式の名建築である。周囲には、古風な石造建築が立ち並び、国会議員らはこれらの中のアパルタメント(複数の部屋からなる住宅)に住むことにより、帝国民六千万人の内たった二百人が味わえる権力欲を満たしている。

国会議事堂本会議場

867年、労働党員にして第40回帝国議会選挙で見事初当選を果たした帝国議会議員であるК(カー)君は、第812回帝国議会(*1)が開会されんとする本会議場の前に佇んでいた。背後には、同じく初当選を果たした労働党およびその他の党の議員、さらにその後ろでは、先輩議員達が控え、みな苦笑を浮かべていた。これから始まることは、ガトーヴィチ民主帝国議会が、開会式の際に頑なに守ってきた、外国人も、帝国民も理解しがたい、伝統である。

К君は本会議場の扉を開け、本会議場に足を踏み入れた途端、拍手し始めた。それに続き、他の議員達も入場し、同時に拍手し始めた。ガトーヴィチ民主帝国議会の開会式では、本会議場に入場した議員は、君帝陛下が玉座におつきになるまで、拍手をし続けなければならないのである。К君は初当選ということもあり、この謎の儀式を誰よりも長く行う面倒名誉を与えられたのであった。

大抵、勤続数十年の長老議員達は遅れてやってくるものである。彼らがトイレを済ませて手を拭きながら本会議場に入る頃には、若年議員達による万雷の拍手が行われていた。しかしその長老議員も、議場に入ると同時にタオルをしまい、年相応のゆっくりな拍手をし始めた。

К君が本会議場に入って拍手を始めてから早1時間。К君は初登庁の喜びも冷め、謎の儀式と君帝陛下に愛想を尽かし始めていた。そのとき、空席が無いことを確かめたのだろうか、議長が議長席をたち、議場正面の玉座の脇の小さな扉を開けて、合図をした。すると、小さな扉から、ゆっくりとした足取りでヤルルィーク第二十四代君帝陛下がお見えになったのだ。本会議場は、1時間に渡る拍手の終わりが見えた喜びで、一層大きな拍手に包まれた。そして遂に、君帝陛下が玉座におつきになると同時に、パタリと、拍手がやんだ。

君帝陛下の開会の辞。

「帝国議会が、当面する内外の諸問題に対処するに当たり、国権の最高機関として、その使命を十分に果たし、帝国民の信託に応えることを切に希望します。」

他の君主制国家の国会ならば、ここで議員による拍手が行われたであろう。しかし、ガトーヴィチ民主帝国議会では拍手が起こりえなかった。なぜならば、既に帝国議員の手と腕はパンパンであったのはもちろん、君帝陛下の勅語が終わるか終わらないかのタイミングで、

けたたましい金管楽器のfffのE♭の短三和音が鳴り響いたからである。君帝陛下のご入場と同時に、本会議場入口から入場した宮内省オーケストラの金管楽器奏者たちは、この瞬間のために、帝国議会議員たちの後ろでとてつもない腹式呼吸を行なっていたのだ。初めて聞いたК君はあまりの音圧に失神しそうになりながらも、条件反射的に、周囲の議員と同じように立ち上がった。こうして、金管楽器によるガトーヴィチ民主帝国国歌「栄えよ、ガトーヴィチ!」の演奏が始まった。この国歌の難解さに、作詞家テジュールヴィチ氏が作詞を放棄し、「ウラー!(万歳!)」と叫んでおれば問題ない」という言葉を残したことはあまりにも有名であるが、帝国議員たちは各々好きなタイミングで「ウラー!」「ウララー!」「ゥララー!」「ウラウララー!」と喚いた。国歌の最後の短三和音が鳴り終わっても、万歳の叫び声は続いた。君帝陛下は小さな扉へ歩み、帝国議員らも最後の力を振り絞って万雷の拍手を送った。こうして第812回帝国議会臨時会は、不思議な伝統を次世代に伝えながら、閉会したのであった。

(*1)帝国議会では年二回の常会と選挙後に開かれる臨時会をそれぞれ数えている。最近では中の人が数えるのが面倒なので年一期の会期制を導入する動きが百年位続いている。

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