865年5月25日待望のミルズ皇国第二回選挙が行われた いかがその結果である
議席数700
政党選挙結果
ミルズ共和派 30議席
ミルズ保守党会140議席
ミルズ社会民主主義連盟510議席
ミルズ労働者連合10議席
ミルズ皇党派 0議席
ミルズ民主党会 10議席
ミルズ王党派0議席
※解説
ミルズ労働者連合
社民連の次に勢力が大きい社会主義政党会です
この政党会も穏健派ですが計画経済への移行を目指しており社民連よりは強硬派と言えるでしょう
ミルズ皇党派
ミルズ皇と共和制の共存を目指している政党でしたがミルズ内戦により風評被害を受け縮小してしまったようです
ミルズ民主党会 代表 ジェームズ・ネイサン・クック
ミルズ皇国の完全民主化を目指す政党会です
しかし、社民連や保守党会と比べその勢力は小規模であるため 政党化した際の影響力は不明です`
ミルズ皇党派
皇と共和派の協力を目指していた政党会です
【歪な選挙結果の原因は?】
今回の選挙では事実上の一騎打ちとなってしまいましたが何故社民連と保守党会しか大きな票を獲得できなかったのか
選挙に行ったある人は言う
「ちゃんと選挙に出る党が書いてあったんですけどやっぱりミルズ内戦もあったしよくわからない党に政権を渡したくなかった
共和派だって実はミルズ共和国のような政治をしないとも限らないですからね」
またミルズ大学教授であるアーノルド・レイゼンブルク氏は次のような見解を示した
「やはり、共和国による蛮行が尾を引いているのでしょうし内戦の影響も大きすぎるのでしょう。
アイゼンシュタイン首相もミルズ建国時にアダム皇の右腕としてミルズ国政の安定化に尽力した方なのですが国民人気という面ではまだまだと言う事が証明されてしまった形です。
社民連の躍進に関しては穏健派であることが響いたのではないでしょうか
そもそもレンヤ氏の国民人気は高かったと聞いています。
その要因としてミルズ皇国と貿易を行っている国に関して社会主義の国が多く社会主義に対するイメージが比較的良かったことが挙げられます
そして重要なのは社民連自体も極めて穏健派であると言う事です
この二つの要因がレンヤ氏の人気と結びついた結果この結果を引き起こしたのでしょう 」
また共和派の議員からは「覚悟はしていました」とコメントが届きました